江戸時代を代表する浮世絵師、歌川国芳が新春の賑わいをダイナミックに描いた傑作をご存じでしょうか。今回ご紹介する「五節句之内 睦月」は、当時の熱気あふれるお正月の風景を現代に伝える貴重な作品です。舞台となっているのは、現在の東京・日本橋にあたる駿河町。画面の左端に描かれた建物の暖簾には「丸に井桁三」という紋が染め抜かれており、これが当時の大呉服店であり現在の三越百貨店の前身である「三井越後屋」であることが分かります。活気ある商人の町の雰囲気が、画面全体から生き生きと伝わってきますね。
この作品で何よりも観客の視線を釘付けにするのが、中央に堂々と描かれた巨大な「達磨凧」の存在感です。江戸時代、凧揚げは身分や年齢を問わず、あらゆる人々に愛された冬の大人気エンターテインメントでした。四角い形の角凧や、人の姿を模した奴凧、鳥の形をした鳶凧など、多種多様な凧が町中で売られていたといいます。なかでもこの作品に登場する大凧には、いまにも動き出しそうなほど大迫力の達磨の顔が描かれており、国芳の並々ならぬこだわりが炸裂しているのです。
国芳が魅せる細緻な彫摺技術とSNSを騒がせる緻密な描写力
ここで注目したいのが、職人たちの超絶技巧が光る「彫摺(ほりすり)」の美しさです。彫摺とは、浮世絵の原画をもとに木版を精密に彫り上げ、何度も色を重ねて刷り上げる伝統技術を指します。達磨の力強い眉毛や豊かな髭の描写には、まさに職人の魂が宿っていると言えるでしょう。これほど巨大な凧を揚げるのは一苦労だったようで、作中では何人もの子どもたちが必死に協力して凧を支えています。この様子には現代のSNSでも「子どもの表情が健気で愛らしい」「江戸の熱気が伝わる」と、大きな反響を呼んでいます。
画面の手前に視線を移すと、そこにはお正月を満喫する華やかな3人の女性たちが描かれています。右側の女性は当時の定番の遊び道具である羽子板を手に持ち、その隣では少女が嬉しそうに女性の手を握りしめています。また、中央の女性は肩から手拭いをかけ、小脇に浴衣を抱えている姿が印象的です。これは新年になって初めてお風呂に入る「初湯(はつゆ)」へと向かう道中だと推測されます。江戸の日常のワンシーンを切り取る国芳の観察眼には、思わず脱帽してしまいますね。
さらに左側の女性は小さな幼児を愛おしそうにおんぶしており、その子の小さな手には可愛らしいミニサイズの奴凧がしっかりと握られています。本作品を手掛けた歌川国芳は、ダイナミックな武者絵やユーモアあふれる戯画で一世を風靡した天才絵師ですが、実はこうした微笑ましい子どもたちの姿を描く「子供絵」の分野でも抜群の才能を発揮していました。彼が描く日常の風景からは、時代を超えて人々を温かい気持ちにさせる不思議な魅力が満ちあふれています。
江戸の暮らしに学ぶ豊かなお正月の過ごし方
この「五節句之内 睦月」は、1844年から1846年頃に制作されたとされる大判錦絵三枚続の作品で、現在は国立国会図書館に大切に所蔵されています。娯楽が多様化した現代に生きる私たちにとって、凧揚げや初湯を全力で楽しむ江戸の人々の姿は、どこか新鮮で羨ましくも映るのではないでしょうか。デジタルな繋がりに溢れる今だからこそ、国芳が描いたような地域や家族の温かいコミュニティの有り様を見つめ直したいものです。伝統的なお正月の過ごし方には、現代人が忘れてしまった豊かな暮らしのヒントが詰まっています。
コメント