勝海舟の魅力に迫る!JR九州唐池恒二会長が紐解く、現代のリーダーに必要な「誠」と圧倒的な「胆力」とは?

歴史に名を残す偉人たちのなかでも、ひときわ眩しい輝きを放ち続ける幕末の英雄、勝海舟をご存じでしょうか。JR九州の会長を務める唐池恒二氏も、そんな海舟の底知れない魅力に深く心を奪われた一人なのです。2019年には海舟の父母を主役にしたテレビドラマ「小吉の女房」が放送され、それをきっかけに唐池氏は関連書籍を読み漁るほど、海舟の世界へどっぷりと没頭していきました。彼を歴史上の推しトップへと押し上げた理由は、その生き様にあります。

勝海舟といえば、何といっても「江戸無血開城」を成し遂げた最大の功労者として知られていますよね。1868年に徳川幕府側の全権大使として、新政府軍の西郷隆盛と命懸けの交渉に臨みました。一歩間違えれば江戸の街は火の海と化し、無数の庶民が犠牲になっていたはずです。破滅の手前で最悪の事態を食い止めた二人の「大局観(物事の全体を広い視野で見渡す力)」と「胆力(恐れずに物事を決断する度胸)」には、思わず言葉を失うほどの感銘を覚えます。

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主君や盟友のために生涯を捧げた、情に厚すぎる第二の人生

しかし、勝海舟の本当に凄まじいところは、明治維新が成し遂げられた後の生き方にこそ隠されているのです。海舟は、かつて自分を嫌っていた旧主君・徳川慶喜の汚名をそそぐために生涯にわたって奔走しました。さらに、仕事と住まいを失って困窮した多くの旧幕臣(江戸幕府に仕えていた臣下のこと)の生活を支えるため、明治政府の役職へと推薦したほか、自ら生活費まで面倒を見ています。静岡の牧之原台地で始まったお茶の栽培も、海舟の助言がきっかけでした。

さらに胸を熱くさせるのが、西南戦争で賊軍の汚名を着せられた盟友・西郷隆盛に対する情義の厚さでしょう。西郷がこの世を去ってからわずか2年後には、海舟が自費で西郷の碑を建立しています。当時の政府から睨まれるリスクを恐れず、自らが亡くなるその瞬間まで、西郷の名誉回復のために心血を注ぎ続けました。これほどまでに他者のために尽くせる人物がいたのかと、その引き際の美しさと器の大きさに思わず目頭が熱くなってしまいます。

SNSでも共感の嵐!現代にこそ求められる「誠」の精神

「要するに、処世の秘訣は誠の一字だ」という言葉を、海舟は自著『氷川清話』の中に残しています。SNS上でもこの言葉に対して、「自分の利益ばかり追う現代のリーダーたちに爪の垢を煎じて飲ませたい」「海舟のような情に厚い上司の下で働きたかった」といった、熱い感動の声が数多く寄せられているのをご存じでしょうか。損得勘定抜きで人と向き合う姿勢が、令和の時代を生きる私たちの心にも、強烈なメッセージとして突き刺さるのです。

ちょうど昨日である2020年01月19日は、勝海舟が亡くなってから121回目となる命日を迎えました。激動の時代を駆け抜けた彼の生き様は、今なお色褪せることなく、私たちに大切なことを教えてくれます。ビジネスや人間関係で行き詰まったときこそ、海舟のように「誠」を尽くす姿勢を意識してみてはいかがでしょうか。綺麗事だけでは通らない現実を、圧倒的な覚悟で切り拓いた彼の背中は、いつの時代も最高の教科書となるはずです。

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