日本のものづくりを支える電機業界の労働環境が、今まさに歴史的な転換期を迎えています。2020年1月18日、電機大手の労働組合が集まる「電機連合」が、今年の春季労使交渉において画期的な方針を打ち出すことが明らかになりました。これまで頑なに守られてきた「一律の回答」という足並みをそろえる形から一歩踏み出し、加盟する各企業の個別判断を容認する姿勢を示したのです。この大胆な変革は、硬直化していた従来の日本の賃金体系に一石を投じるものとして、各方面から非常に大きな注目を集めています。
インターネット上やSNSでも、このニュースはすぐさま話題となりました。「一律で上がる安心感は減るかもしれないけれど、自分の会社の実績や取り組みがダイレクトに反映されるのは健全だ」「基本給だけでなく、スキルアップの支援にお金を使ってくれるなら大歓迎」といった前向きな声が目立ちます。その一方で、「業績が厳しい企業の従業員が、見捨てられる形にならないか心配だ」という懸念の意見も上がっており、労働者たちの間でも期待と不安が複雑に交錯している様子がリアルに伝わってきます。
具体的には、基本給を一律に底上げする「ベースアップ(ベア)」として月額3000円以上を求める姿勢は維持します。しかし今回は初めての試みとして、教育制度の充実や待遇改善といった「人への投資」にかかる費用を、ベアの金額と合算して回答することを認める検討に入りました。これまでは全ての主要企業が同じ金額で妥結することにこだわってきましたが、この方針が実現すれば、各企業の個性に合わせた柔軟な回答が可能になります。結果として、企業の賃金体系はより多様化していくことでしょう。
業界内の業績格差と「人への投資」がもたらす新しい波
電機連合には約630の組合が所属しており、日立製作所やパナソニックといった主要13労組が中心となって、一丸となった交渉を続けてきました。しかし近年は、業界内での業績の二極化が進んでいます。全員で同じ回答額にこだわりすぎると、どうしても業績の苦しい企業に全体の水準を合わせざるを得なくなります。その結果、引き上げ額がジリジリと下がってしまうという悪循環に陥っていました。実際に2019年の交渉では、業績が伸び悩む企業の影響を受け、妥結額が前年を下回る1000円にとどまっています。
そこで浮上したのが、個々の企業の状況に合わせられる「人への投資」という考え方です。例えば、基本給の底上げは1000円とし、残りの2000円分は社会人が大学などで学び直す「リカレント教育」の費用や、子育て支援の原資として充てるという柔軟な組み合わせが認められるようになります。最先端の技術を学び続ける必要があるITや電機の世界において、このリカレント教育への投資は非常に重要です。企業が従業員のスキルアップを財政的にバックアップする仕組みは、時代の要請に合致しています。
この動きに対して、経営者側のトップである経団連の中西宏明会長も、一律の賃上げ要求は現在の生産性や働き方の議論に合わないと指摘しており、これまでの交渉スタイルを見直すよう求めていました。今回の電機連合の方針転換は、そうした時代の変化や経営側の言い分を賢く取り入れつつ、労働者の実質的なメリットを最大化するための苦肉の策であり、同時に大変スマートな戦略であると私は評価します。2020年1月23日から24日にかけて開催される中央委員会で、この方針が正式に決定される予定です。
先行する自動車業界と産別労組が果たすべき次なる役割
実は、こうした脱・一律の動きは電機業界が最初ではありません。ライバルとも言える自動車業界では、すでに2019年から自動車総連がベアの統一要求を見送っています。さらに2020年1月9日には、2年連続で統一見解を出さないことを発表しました。トヨタ自動車の労組などは、ベアだけに偏るのではなく定期昇給を含めた「賃金総額」での議論を重視しており、ホンダの労組も年齢や企業規模に応じた目安を示すにとどめています。日本の2大産業が揃って舵を切ったことで、一律賃上げの時代は完全に終わりを告げました。
半世紀以上にわたって日本の労働環境を支えてきた「産業別労働組合(産別労組)」のあり方も、これを機に大きく変わるはずです。これまでは「全社が合意できる最低ライン」を探る後ろ向きな調整に時間を取られがちでしたが、今後は働き方改革や職場環境の整備といった、より本質的なテーマに注力できるようになります。これこそが、これからの時代に求められる労働組合の正しい姿ではないでしょうか。各企業が自立して交渉を進めることで、本当の意味での職場改善が期待できます。
一方で忘れてはならないのが、大企業と中小企業の間に横たわる、定期昇給などの格差問題です。大手の労組がそれぞれの会社との交渉で自立していけば、産別労組のパワーを中小企業の後押しへと集中させることが可能になります。賃上げのノウハウや交渉力が不足している中小企業を救うことこそ、これからの産別労組が担うべき最も重要な社会的使命です。この改革が単なる大企業の「逃げ切り」に終わるか、それとも日本全体の労働環境を底上げする契機となるか、今後の交渉の行方を厳しく見守る必要があります。
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