2020年2月6日、高齢化が進む日本社会において、非常に大きな節目となるニュースが飛び込んできました。従業員が70歳まで働き続けられる環境を整えるよう、企業側に「努力義務」を課す法案が閣議決定されたのです。これは、企業が定年を延長したり、継続雇用を導入したり、あるいは起業したシニアへの業務委託を行うといった多様な選択肢を指します。実効性については議論の余地がありますが、確実に言えるのは、私たちの世代において「定年」というゴールが、まるで追いつけない逃げ水のように遠ざかっているという現実でしょう。
このニュースに対し、SNS上では「まだ働かなければならないのか」という嘆きの声や、「長年のスキルを活かせる場が増えるのは歓迎」という期待の声など、賛否両論が飛び交っています。定年後も個人の裁量で働き方を選べる時代へと、社会の仕組みそのものが強制的にアップデートされようとしているのです。
「定年」を巡る永田町の特異な動き
企業の定年延長議論が熱を帯びる一方で、永田町や霞が関では、少し違った意味で「定年」が議論の的となっています。2020年2月7日に63歳の誕生日を迎え、定年退職予定だった東京高検の黒川弘務検事長が、特例措置によって8月7日まで勤務が延長されることになったのです。このような特例は極めて異例であり、法曹界のみならず世間を大きく驚かせました。
政府側は、勤務延長の理由について「現在進行中の重大かつ複雑・困難な事件に対応するため」と説明しています。しかし、この人事の背景には、夏の退職を控えた現検事総長の後任問題が絡んでいるという臆測が絶えません。SNSでも「検察への政治介入ではないか」という強い疑念が渦巻いており、法解釈の公平性に対する国民の視線は非常に厳しいものとなっています。
定年延長は誰のためのものか
今回の検事長の件が物語るのは、「定年」というルールがいかに政治的な力学で揺らぎ得るかという事実です。もし、本当に重大な捜査が半年で終結しないのであれば、サラリーマンの70歳雇用延長になぞらえて、いっそ検察官の定年も一律で延長してしまえばよいのではないでしょうか。疑念を払拭するには、恣意的な特例ではなく、誰もが納得できる明確な基準こそが必要だと強く感じます。働き方改革が求められるいま、権力中枢においても「ルール」の透明性が何よりも問われているのです。
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