世界中で猛威を振るう新型コロナウイルスによる肺炎は、製造業や観光業といった目に見える経済活動だけでなく、国境を越えた文化交流の現場にも大きな影を落としています。日本経済新聞社が運営に協力した、奈良・唐招提寺(とうしょうだいじ)の貴重な所蔵品を中国の上海博物館で公開する特別な展覧会も、その影響を大きく受けることとなりました。本来であれば多くの人々を魅了し続けるはずだった素晴らしい催しが、感染拡大の波に飲まれ、会期の途中で無念の中断を余儀なくされてしまったのです。
この展覧会では、鑑真和上(がんじんわじょう)の座像が祀られている御影堂の障壁画である、東山魁夷(ひがしやまかいい)の名作ふすま絵が数多く公開されました。さらに、和上が命がけで日本へ渡航した際に携えていた、大変貴重な釈迦の遺骨(仏舎利)も、国宝の「金亀舎利塔(きんきしゃりとう)」に納められた状態で披露されたのです。仏舎利とはお釈迦様の遺骨を指す専門用語であり、仏教において最も神聖視される最高峰の宝物として、古くから大切に守り伝えられてきました。
2019年12月17日に開幕したこの展示会は、1日あたり1万人近くが詰めかけるほどの大盛況を記録していました。2020年2月半ばまで開催される予定でしたが、ウイルスの蔓延に伴い、中国の大型連休である春節を直前に控えた2020年1月24日から、博物館は臨時閉館へと追い込まれます。しかし、こうした厳しい状況の裏側で、日本から中国へ送られた支援物資の箱に書かれた「山川異域、風月同天(さんせんいいき、ふうげつどうてん)」という漢詩の一節が、現地のSNSで大きな感動を呼んでいます。
この言葉は「住む国は違っても、同じ空の下で繋がっている」という意味を持っており、かつて鑑真が日本への渡航を決意するきっかけとなった、歴史的にも深い縁のあるフレーズです。上海博物館の館長から届いた手紙にもこの一節が引用されており、事態が収束した暁には会期の延長を検討したいという前向きな意向が記されていました。唐招提寺の長老も、この提案に対し、幾多の苦難を乗り越えて日中の懸け橋となった鑑真和上の御心に沿うものであるとして、快く応じる姿勢を示しています。
連日の報道では、展示の中止や渡航拒否といった、暗く殺伐とした言葉が飛び交っており、人々の不安を煽るような状況が続いています。だからこそ、このような危機の時代において互いを思いやる温かいエピソードは、私たちの荒みがちな心に一筋の光を灯し、深い癒やしを与えてくれるのではないでしょうか。物理的な距離を置くことが求められる今だからこそ、精神的な繋がりを重視する姿勢が、今後の国際交流において極めて重要になると私は強く確信しています。
今回の展覧会には「滄海の虹(そうかいのにじ)」という、青く広大な海に架かる美しい虹を象徴する名前が付けられていました。ウイルスの混乱が一刻も早く収束に向かい、海を挟んだ両国が再び七色の美しい橋で結ばれる日が訪れることを、心から願ってやみません。危機の時こそ、排他的になるのではなく、過去の偉人が繋いだ絆を思い出しながら、お互いに手を取り合って協力していく寛容な姿勢が、現代を生きる私たちに求められているのではないでしょうか。
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