2019年07月21日の投開票が迫る参議院選挙を前に、ひとつの時代が幕を閉じようとしています。かつて日本教職員組合(日教組)のトップを務め、2001年の初当選から3期18年にわたり国会で教育の在り方を問い続けてきた立憲民主党の神本美恵子氏が、ついに政界を退く決断を下しました。彼女は単なるベテラン議員ではなく、時の政権にとって最も手ごわい論客の一人として、永田町でその存在感を放ち続けてきた人物です。
神本氏が政治の道を歩む中で、最も深い悔恨とともに振り返るのが、2006年の第1次安倍政権下で行われた教育基本法の改正です。「教育の憲法」とも称されるこの法律が変わる瞬間は、教員出身の彼女にとって身を切られるような痛みだったと吐露しています。SNS上では、当時の激しい議論を思い出すユーザーから「現場を知る議員がいなくなるのは寂しい」「教育への情熱を感じる」といった声が寄せられており、彼女の引退を惜しむ空気が広がっています。
「人格の完成」を愛した教員出身議員が貫いた、教育への揺るぎない信念
彼女が何よりも大切にしていたのは、旧教育基本法の第1条に記されていた「教育は、人格の完成をめざし」という一節でした。ここでの「人格の完成」とは、一人ひとりが個性を伸ばし、自律した人間として成長することを指します。さらに「真理と正義を愛し」という言葉に込められた、権力に屈せず自ら考える市民を育てるという理念に、神本氏は自身の教育者としての誇りを重ねていたのです。だからこそ、伝統や愛国心を強調する改正案には、生涯をかけて抗う姿勢を崩しませんでした。
安倍晋三首相との関係についても、非常に興味深いエピソードを明かしてくれました。神本氏が本会議で質問に立った際、通常であれば首相は「神本議員にお答えします」と氏名を読み上げて答弁を始めるのが通例です。しかし、安倍首相は彼女の名前を決して口にしなかったといいます。これは、言葉を交わすことさえ拒むほど、首相が神本氏を「天敵」として強く意識していた証左と言えるでしょう。お互いの譲れない一線がぶつかり合う、国会という真剣勝負の場を象徴する出来事です。
筆者の視点から申し上げれば、神本氏のような「現場のプロ」が政治の舞台から去ることは、多様な民意を反映させるべき議会にとって大きな損失だと感じます。政治用語で言うところの「族議員」は、時に既得権益の守護者と批判されがちですが、彼女のように専門知を武器に権力と対峙する存在は、議論の質を保つために不可欠です。教育が国家の道具ではなく、個人の幸福のためにあるべきだという彼女の訴えは、令和の時代にも語り継がれるべき大切な視点ではないでしょうか。
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