バブル経済が崩壊したあとの日本を襲った、出口の見えない深刻な不況。1993年から2004年ごろにかけての、新規学卒者の採用が極端に冷え込んだ時期を、私たちは「就職氷河期」と呼んでいます。長く厳しい冬が続くような経済状況に例えられたこの時代は、多くの若者の人生に大きな影を落としました。SNS上でも、「新卒カードを棒に振った絶望感は忘れられない」といった、当時の苦境を振り返る痛切な声が今なお数多く投稿されています。
この過酷な時代に社会へと踏み出した方々は「就職氷河期世代」と呼ばれ、2018年時点では35歳から44歳という、まさに社会の屋台骨を支える年齢層に差し掛かっています。その人口規模は1689万人にものぼり、日本経済を支える中核である「生産年齢人口(15歳から64歳までの働く力となる人口層)」の22.4%を占めているのです。実に働く世代の5人に1人以上がこの世代であり、その動向は日本全体の経済力に直結すると言えるでしょう。
2000年前後には、輝かしい門出のはずの卒業を迎えても定職に就けない若者が、大学卒や高校卒を合わせて毎年10万人を超えていました。バブル崩壊に端を発した景気低迷により、企業は生き残りをかけて人件費の抑制に走り、新卒採用の門戸を極限まで狭めてしまったのです。夢を抱いて社会に出ようとした若者たちが、企業の合理化という冷たい壁に阻まれた結果、望まない非正規雇用や不安定な就労を余儀なくされるケースが相次ぎました。
「失われた20年」がもたらした深い爪痕と遅すぎた救済策
当時の経済環境を振り返ると、1990年代後半にはアジア通貨危機や、積み上がった「不良債権(回収が困難になった貸付金)」の処理に失敗した大手金融機関の経営破綻が連続しました。さらに2000年代初頭には、アメリカのITバブル崩壊が日本の景気を再びどん底へと突き落としたのです。2010年ごろまで続いたこの長期的な経済停滞は「失われた20年」と称され、日本の国際的な競争力を奪うとともに、労働者の賃金水準をも停滞させました。
こうした深刻な事態に対し、国による本格的な支援が動き出したのは、氷河期が始まってから実に10年以上が経過した2003年のことでした。政府が「若者自立・挑戦プラン」という省庁の垣根を越えた支援策をようやく打ち出したものの、あまりに後手に回ったという批判を免れることはできません。これまでにも多様な助成金制度が整備されてきましたが、現場の実情に即しているとは言い難く、十分な成果を上げられていないのが今の厳しい現実です。
私は、この世代が置かれた境遇は決して自己責任で片付けられるものではないと考えています。構造的な不況という抗えない社会背景によって、キャリア形成の機会を奪われたことは、個人の努力ではいかんともしがたい不幸でした。国や企業は、単なる一時的な助成金に留まらず、この世代が持つ豊富な経験やポテンシャルを正当に評価し、再び輝けるような抜本的な「学び直し」や「正社員登用」の場を積極的に提供すべきではないでしょうか。
人口規模の大きいこの世代が安定した雇用と収入を得ることは、将来的な社会保障制度の維持や消費の活性化という観点からも、日本社会全体にとっての喫緊の課題と言えます。遅まきながら動き出した支援の輪が、単なるポーズに終わることなく、実効性のある形で一人ひとりの手に届くことを切に願ってやみません。これからの日本を共に創り上げていく仲間として、就職氷河期世代の方々が報われる社会の実現を、私たちメディアも注視し続けていく所存です。
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