2027年の東京―名古屋間における開業を目指し、日本列島を最短距離で結ぶ夢の超特急「リニア中央新幹線」の建設計画が、今まさに大きな岐路に立たされています。順調に進んでいるかのように見えた巨大プロジェクトですが、静岡県内での着工を巡り、川勝平太知事が厳しい姿勢を崩さないことで、予定通りの開業に黄色信号が灯り始めました。SNS上でも「日本の大動脈が止まるのは損失だ」という声がある一方で、「地元の環境を守る知事の姿勢は当然だ」と、意見が真っ二つに割れる事態となっています。
2019年9月5日の夕刻、愛知県公館にて行われた愛知県の大村秀章知事との会談で、川勝知事は「2027年の開業目標は現実的ではない」と断言しました。これに対し、リニアを前提とした都市開発を進める沿線自治体からは焦りの色が隠せません。大村知事は「にらめっこで時間が過ぎれば大変なことになる」と危機感をあらわにし、三重県の鈴木英敬知事も「遅れはあってはならない」と強調しています。しかし、事態を打開する決定打は見当たらず、膠着状態が続いているのが現状です。
南アルプスの難所に立ちはだかる「水」というデリケートな問題
焦点となっているのは、全長約9キロメートルに及ぶ静岡工区です。ここはリニア建設において最大の難所とされる南アルプストンネルの一部ですが、2019年9月27日現在、全区間の中で唯一着工の目処が立っていません。本来であれば2026年11月の工期満了を予定していましたが、すでに着工は2年近く遅れています。この遅延の背景には、トンネル掘削によって大井川の源流である地下水が流出し、河川の流量が減少することを危惧する静岡県側の強い抵抗があります。
ここで言う「河川流量」とは、川を流れる水の量のことです。大井川流域はかつて、水力発電所建設を巡り住民が「水返せ運動」を展開した歴史を持つ非常にナイーブな地域です。一度失われた水源を取り戻すことの難しさを知る地元住民にとって、命の水とも言える大井川の流量減少は看過できない問題なのです。川勝知事はこの環境保全を盾に、JR東海が提示する対策案に対して「不十分である」との姿勢を貫き、着工の印鑑を押す気配を全く見せていません。
「条件闘争」か「環境保護」か?交錯する知事の真意と政治的思惑
一方で、川勝知事の強硬姿勢には別の狙いがあるのではないかという憶測も飛び交っています。リニア沿線7都県の中で、静岡県には唯一「新駅」が設置されません。地元経済への波及効果が薄い中で、環境リスクだけを負わされることへの不満が背景にあるとの見方です。実際、2019年6月には知事が他県の新駅建設費に相当する額を金銭的補償として求めるような発言をし、すぐに撤回するという一幕もありました。これを受け、JR東海側は「条件闘争であれば、落としどころを提示してほしい」と困惑しています。
筆者の個人的な見解としては、川勝知事の振る舞いは「学識経験者」としてのこだわりと、一県を預かる政治家としての「駆け引き」が複雑に混ざり合っているように感じます。静岡空港直下への東海道新幹線新駅設置などのインフラ整備を狙っているとの噂も絶えませんが、本人は一貫して「水問題がすべて」と語っています。しかし、一度は内諾したはずの協定を2019年5月に一転して拒絶した経緯を見ると、単なる実務的な対話だけでは解決できない「政治の壁」の厚さを痛感せざるを得ません。
限界に達する工期とJR東海の苦悩する経営判断
JR東海の金子慎社長は「着工が遅れれば遅れるほど、工期を取り戻すのは難しくなる」と語り、今がまさにデッドヒートの限界点であることを示唆しています。現場の建設会社トップは「今ならまだギリギリ間に合う」と強気の姿勢を見せますが、物理的な作業時間は確実に削られています。国から3兆円もの「財政投融資(国が低利で企業に資金を貸し出す制度)」を受けて大阪延伸を前倒しした手前、これ以上のスケジュールの後ろ倒しは、国民への信頼や経済波及効果の面で大きな痛手となります。
最後に、この記事を読んでくださった皆様に問いかけたいのは、巨大プロジェクトの推進と地方の環境保護、どちらが優先されるべきかという永遠の課題です。現時点では、双方が歩み寄るための具体的な「出口戦略」が見えていません。JR東海幹部が漏らす「いつ間に合わないと判断するのか」という経営判断の時期は、刻一刻と迫っています。この静岡の壁を突破できなければ、2027年のリニア開業は、文字通り「幻」に終わってしまう可能性も否定できないでしょう。
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