中欧の宝石と称えられるハンガリーは、ドナウ川のせせらぎと広大な平原が織りなす美しい国です。2019年11月17日現在、秋の深まりとともに冬の足音が聞こえ始めた首都ブダペストでは、抜けるような高く澄んだ青空が広がっています。この空の色こそが、かつて自国の伝統に挑み、新しい芸術の扉を叩いた画家たちのインスピレーションの源泉となりました。
王宮を改装した荘厳なハンガリー・ナショナル・ギャラリーの丘に立つと、展示室の中で現実の空と見紛うような鮮やかな色彩に出会います。それは、シニェイ・メルシェ・パールが1873年に描き上げた傑作「5月のピクニック」です。草原に集う男女と、そこに点在する花々がリズムを刻むこの作品は、当時のハンガリー画壇においてあまりにも衝撃的な「光の革命」でした。
時代を先取りしすぎた天才が描いた「光の補色」
シニェイ・メルシェが描いた世界は、それまでのハンガリー絵画の常識であった重厚で抑制された色彩とは一線を画していました。彼は補色(ほしょく)という、色相環で正反対に位置する色同士を組み合わせることで、光の輝きを最大限に引き出す技法をいち早く取り入れたのです。キュレーターのエディット氏が「彼こそがハンガリーの青空を発見した」と評するのも頷ける革新性です。
驚くべきは、彼が当時パリで勃興していた印象派の動向を知らず、独学でこの表現に到達した点でしょう。しかし、あまりに時代の先を行き過ぎた彼の感性は、当時の世間には受け入れられませんでした。正当な評価を得られないまま失意の中で筆を折り、故郷の田舎へと引きこもった彼の名は、20年もの長い間、人々の記憶から消し去られることになったのです。
SNS上では「印象派より前にこれほど鮮やかな光を描いていたのか」と驚きの声が上がっています。個人の情熱が時代を超えて共鳴する姿には、現代の私たちも勇気をもらえるはずです。歴史に埋もれかけた才能が、再び日の目を見る瞬間ほどドラマチックなものはありません。
建国祭での再発見と、次世代へ繋がれた自由のバトン
転機が訪れたのは、マジャール人による建国1000年を祝う1896年のことでした。熱気に沸くブダペストで、若き画家フェレンツィ・カーロイが、展示されていた「5月のピクニック」に魂を奪われます。20年以上前に描かれたその絵の中に、彼らが追い求めていた「戸外の光」が完璧に体現されていたからです。ようやく、時代がシニェイ・メルシェに追いついた瞬間でした。
これを機に復帰したシニェイ・メルシェは、後に芸術大学の学長に就任し、若い才能を育む側に回ります。彼の精神を受け継いだ画家たちは、豊かな自然の中でイーゼルを立て、さらなる多様な表現へと進化していきました。セザンヌや野獣派の影響を受けたツィッフェル・シャーンドルのように、強烈な色彩と太い輪郭線を用いる画家も現れ、ハンガリー絵画はダイナミックな変貌を遂げたのです。
2019年12月4日からは、東京・六本木の国立新美術館で「ブダペスト展」が開催されます。そこでは「ハンガリーのモナリザ」と絶賛される彼の代表作「紫のドレスの婦人」も来日します。一度は忘れ去られた天才が、いかにして国の宝となったのか。その軌跡を会場で確かめられるのは、私たち日本の美術ファンにとってもこの上ない幸運といえるでしょう。
コメント