格差社会でも「中流意識」が消えない謎とは?9割が「中」と答える日本人の心理と現状を読み解く

かつて、1970年代から1980年代にかけての日本は、誰もが自分を標準的な生活水準だと信じて疑わない「総中流社会」と呼ばれていました。その象徴ともいえるのが、内閣府が実施する「国民生活に関する世論調査」の結果です。この調査で、自分の生活程度を「中の上」「中の中」「中の下」のいずれかと回答する人の割合が、1970年代前半には驚異の9割を超えたことがその根拠となりました。

しかし、現代の日本を見渡して、今の社会を「総中流」だと手放しで肯定できる人は極めて少ないのではないでしょうか。2000年代以降、メディアやSNSでは「格差社会」という言葉が飛び交い、今やこのフレーズは私たちの日常にすっかり定着してしまいました。富の偏りや生活の困窮が叫ばれる中で、日本社会を形容する言葉は、数十年で劇的な変化を遂げたといえるでしょう。

ここで注目すべき不可解な現象があります。社会の格差が広がっているにもかかわらず、人々の「中流意識」の数値は、実は現在に至るまでほとんど変化していません。驚くべきことに、アンケートで「中」と回答する人の割合は、今でも9割前後の高水準を維持し続けているのです。ネット上の掲示板やSNSでは「自分は下流だと思うけれど、世間体を考えて『中』を選んでしまう」といった、複雑な心理を吐露する声も見受けられます。

客観的なデータに目を向けると、全人口の所得の中央値の半分に満たない世帯の割合を示す「相対的貧困率」や、生活保護の受給率は1990年代以降、上昇の一途をたどっています。本来であれば「中」の回答が減り「下」が増えるはずの状況ですが、統計上の数字は私たちの素朴な予想を裏切り続けているのです。バブル崩壊やリーマン・ショックといった経済の激震を経ても、この意識は揺らぎませんでした。

ここで一つの疑問が浮かびます。9割が「中」と答えているのに、なぜ私たちは今の社会を総中流だと思えないのでしょうか。一方で、かつての人々が自分たちを総中流だと強く確信できたのはなぜなのでしょう。私は、この「意識と現実のズレ」こそが、現代日本が抱える深い闇であり、解明すべき社会学的なミステリーだと考えています。

かつて多くの人々を魅了したこの「謎」は、今や関心の外に追いやられつつあります。しかし、見せかけの「中」に隠された格差の実態を直視しない限り、本当の意味での豊かな社会は取り戻せません。2019年12月05日から始まるこの連載では、中流意識をキーワードに、戦後日本が歩んできた格差の歴史と、私たちの心に潜む歪んだ意識の関係を鋭く紐解いていきます。

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