TDK再起のドラマ!澤部肇氏が語る「屈辱のアナリスト面談」から売上7000億円へのV字回復

ITバブル崩壊という荒波の中で、リーダーはいかにして組織の舵を取るべきでしょうか。TDKの元会長である澤部肇氏は、2019年12月23日の「私の履歴書」にて、絶望的な赤字転落から奇跡の復活を遂げた壮絶な舞台裏を明かしました。景気が冷え込み、目先の利益にばかり目が行きがちな苦境において、澤部氏が導き出した答えは、将来を見据えた「あるべき姿」を明確に掲げることでした。

当時、デジタル化という予測不能な巨大な変化が押し寄せていました。しかし、経営者には「先が見えない」と立ち止まることは許されません。澤部氏は、単なるコスト競争を脱却し、付加価値で勝負する「eマテリアルソリューションプロバイダー」というビジョンを打ち出しました。これは、単に電子部品を売るだけでなく、ソフトウェアや機能を組み合わせて顧客の課題を解決する存在へと進化することを意味します。

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「できっこない」鼻で笑われた屈辱が闘志に火をつけた

復活への旗印として掲げたのは、「新製品比率30%以上」「シェアトップ製品50%以上」という極めて高い数値目標でした。2002年3月期の赤字から脱却すべく米国を訪れた際、ある若手女性アナリストが、澤部氏の説明を「ぷっ」と吹き出し、「具体性がない、できっこない」と言い放ったのです。SNSでも「この負けん気が経営者には必要」「屈辱をバネにする姿勢に痺れる」と大きな反響を呼んでいます。

「実績で証明するしかない」と憤然と席を立った澤部氏を支えたのは、恩師である大歳寛氏の「凡人は人の3倍やってやっと形になる」という教えでした。かつて雪の中で必死に自転車を漕いだ記憶が蘇るほど、その時の悔しさは鮮烈だったといいます。余裕も自信もなかったからこそ、その言葉を真正面から受け止め、ただひたすらに前進するためのエネルギーへと変換していったのでしょう。

運を引き寄せる執念と、4年連続の増収増益

日々の努力だけでなく、澤部氏は「縁起」すらも味方につけようとしました。2003年1月1日には全日本空輸(ANA)の「初日の出フライト」に搭乗し、富士山や窓外の山々に業績回復を必死に祈ったといいます。人員削減という苦渋の決断を断行したからこそ、その犠牲を無駄にできないという切実な想いがありました。人事を尽くした上で天命すらも手繰り寄せようとする、その執念が経営の凄みを感じさせます。

その結果、2003年以降、同社は4年連続で増収増益を記録し、売上高は史上初の7000億円を突破しました。磁気ヘッド(ハードディスクのデータを読み書きする基幹部品)が世界シェア1位を獲得するなど、掲げた目標も見事に達成したのです。澤部氏は「8割は運だった」と謙虚に振り返りますが、断行したリストラと明確なビジョンがあったからこそ、その後の世界的な景気拡大の波に乗り切ることができたのではないでしょうか。

「具体性がない」と指摘された当時のビジョンは、実は澤部氏自身も手探りの状態でした。しかし、理想を掲げ続け、模索を止めなかったことが、今日のTDKの礎となったことは間違いありません。痛いところを突かれた経験を糧に、組織を生まれ変わらせた氏の歩みは、現代のビジネスパーソンにとっても、現状打破のための勇気を与えてくれる素晴らしい教訓に満ちています。

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