せんだいメディアテークや台中国家歌劇院など、世界を驚かせる美しい建築を生み出してきた建築家の伊東豊雄さん。2013年には建築界のノーベル賞とされる「プリツカー建築賞」を受賞し、2018年には文化功労者にも選ばれた日本を代表する巨匠です。そんな伊東さんのスタイルは、駆け出しのころから黒をベースに白を差し色にする定番のコーディネートで知られています。おしゃれな人が多い建築業界の中でも、10年以上愛用している白いメガネフレームを含めた佇まいは一際個性的でスタイリッシュな印象を与えます。
持ち物へのこだわりも並外れており、1970年代に独立して事務所を構えて以来、仕事用から出張用まで一貫してトートバッグを愛用しています。当時、ビジネスマンの定番といえば黒や茶色のアタッシェケースでしたが、服装がカジュアルなことや、なで肩でショルダーバッグが苦手という理由からトートバッグを選んだそうです。「トート」とはアメリカで「運ぶ」を意味する言葉であり、一般的には2本の持ち手がある多用途な大型手提げ袋を指します。出し入れがスムーズなこのバッグは、彼のクリエイティブな活動を支える相棒となりました。
巨匠がたどり着いたブランドとかばん作りの新たな挑戦
バッグの中身は、予定が詰まった手帳や設計用のA4無地ノート、ドイツ製の3B鉛筆、色鉛筆、ものさしといった文房具類が美しく収められています。2泊までの出張なら洗面道具や着替えもすべてこの中に収納してしまうそうです。そんな伊東さんが1990年代にようやく巡り合った理想のバッグが、東京の青山で見つけた「プラダ」と「コムデギャルソン」のトートバッグでした。本を入れることで傷む持ち手を修理しながら、この2つのブランドを20年以上にわたって大切に使い続けてきたエピソードからは、モノへの深い愛情が伝わってきます。
そんな伊東さんに2017年ごろ、大阪の老舗かばん卸製造組織である「イケテイ」からバッグのデザイン依頼という素敵な転機が訪れます。既存のバッグに対して、内側の仕切りが多すぎることや重量感に少し不満を感じていた彼は、「理想のトートバッグを作れるなら」と快諾しました。これまでのブランド愛用経験で培われた審美眼と、建築家としての引き算の美学が、新たなかばん作りのプロジェクトにおいてどのように発揮されるのか、お話を伺うだけでこちらの胸も高鳴ってまいります。
日本の伝統が生んだ究極のシンプルとこれからの相棒
デザインにおいて伊東さんが応用したのは、中身に合わせて形を変える日本伝統の「ふろしき」の発想でした。形ありきのデザインをあえて排除し、イタリア製の最高品質の牛革を1枚革で贅沢に使用することで、驚くほどの軽さを実現しています。荷物が少ないときには上部が自然に内側へ折れ曲がり、優しく小ぶりなシルエットへと変化する仕組みが特徴です。試作と改良に1年以上を費やして完成したバッグは、SNS上でも「機能美の極み」「建築家らしい柔軟な思考が詰まっている」と大きな反響を呼んでいます。
伊東さんは、このトートバッグを少年時代に大切なものを何でも詰め込んだ「愛すべき大きなポケット」の延長だと語ります。機能性を追求しながらも、どこか遊び心と情緒を感じさせるデザインアプローチこそ、彼の建築が世界中で愛される理由そのものでしょう。2020年01月19日現在、ロシアのエルミタージュ美術館スペイン分館や水戸新市民会館などの大きなプロジェクトへ向かう彼の日常には、自身の手で形にした理想のバッグが、いつも誇らしげに握られているのです。
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