阪神淡路大震災から25年!災害ボランティアの歴史と進化から考える「共助」の未来と私たちができること

自然災害が頻発する日本において、人と人とが助け合う心の象徴となっているのが災害ボランティアです。その原点とも言える1995年1月17日の阪神淡路大震災から、2020年で25年という大きな節目を迎えました。当時、全国から被災地へと駆けつけた市民の数は、1年間で延べ約137万人にも上ります。この爆発的な善意の広がりこそが、日本における「ボランティア元年」と呼ばれる契機となりました。

当時の様子を知る関係者は、集まった人々の約7割が初心者であり、誰もが「自分にできることは何でもやろう」という熱い想いだけで動いていたと語ります。炊き出しのサポートや物資の分配など、目の前の困っている人に寄り添う泥臭い活動が、支援の礎を築いたのです。この市民たちの自発的なエネルギーは国をも動かし、1998年には特定非営利活動促進法、いわゆる「NPO法」の成立へと繋がっていきました。

NPO法とは、利益を目的としない市民活動団体に法的な人格を与える法律のことです。これにより、有志の集まりだった団体が社会的な信用を得て、より本格的で継続的な活動を展開できるようになりました。この法整備をきっかけに、社会貢献活動は特別なことではなく、誰もが気軽に参加できるごく身近な文化として、日本全国へ深く浸透していくことになります。

SNS上でもこの歩みに対し、「あのときの若者の行動力が今の日本の支え合いを作った」「今では当たり前のボランティア活動に、こんな歴史があったとは」といった感動や感謝の声が数多く寄せられています。しかし、善意の広がりとともに、被災地での受け入れ体制や効率的なルール作りという新たな課題も浮き彫りになっていきました。

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効率化が生んだジレンマと今後の課題

2004年の新潟県中越地震からは、地域の社会福祉協議会が窓口となる「災害ボランティアセンター(VC)」が設置され、被災者のニーズと支援者をマッチングする仕組みが定着しました。東日本大震災でも重要な役割を果たしましたが、一方で組織化が進んだ結果、手続きの煩雑さなどが原因でボランティアの足が遠のくという新たな課題も指摘されています。

効率性を重視するあまり、かつての阪神淡路大震災の時にあった「臨機応変で自由な空気」が薄れているのは皮肉な結果かもしれません。実際に2019年秋の台風19号では、深刻な人手不足に悩まされる被災地も見られました。行政による「公助」だけでは限界がある災害大国だからこそ、私たちは今一度、原点にある「共助」の精神を見つめ直す必要があります。

ただ、悲観することばかりではありません。かつて被災した経験を持つ人々が、今度は別の被災地を救うために立ち上がる「支援のリレー」という温かい循環も全国で生まれています。2020年1月現在、兵庫県では5人以上のグループに交通費などを補助する先進的な制度も始まっており、若い世代へのバトンタッチが進められています。

ボランティアを過度に組織の枠にはめるのではなく、誰でも一歩を踏み出せる柔軟さを残すことがこれからの鍵になるでしょう。いつ自分が被災者になり、あるいは支援者になるか分からない時代です。仕組みの効率化を進めつつも、目の前の人に手を差し伸べたいという純粋な善意を何よりも大切に育んでいく社会でありたいと、私は強く願います。

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