2019年6月4日は、中国で民主化を求める学生たちを武力で鎮圧した天安門事件からちょうど30年の節目を迎えました。現在激化している米中衝突も、この事件と決して無関係ではありません。なぜなら、天安門事件こそが、中国が米国の掲げる民主主義という理念に背を向け、より強固な共産党一党支配体制を築き上げる大きなきっかけとなった出来事だからです。
天安門事件は、平和的な手段で民主化を訴える学生たちに対して軍が動員され、多数の死傷者を出した、共産党にとって一党支配を揺るがす最大の危機でした。この危機を乗り越えた後、共産党は二度と体制が揺るがないようにと、反対意見を封じ、権力を強化することに心血を注いできました。その集大成とも言えるのが、30年をかけて完成に近づいた、中国が世界に誇るハイテク監視体制でしょう。
象徴的な動きとして、事件前の5月上旬には、各地の警察幹部が一堂に会する「全国公安工作会議」が16年ぶりに北京で開催されました。ここで習近平国家主席が「科学技術が警察の力を高める」と強調したことは大変興味深い事実です。現在の中国では、全国に2億台を超えるカメラや**人工知能(AI)**などの最先端技術が、国民の行動を監視し、体制維持のための強力な道具として機能しているのです。
そもそも、1978年に鄧小平氏が改革開放政策を始めた時、世界は「中国が開かれた自由な国に変わるだろう」と大きな期待を寄せ、歓迎しました。鄧氏は80年には、政府と党の役割を明確に分けて党の権限を縮小する**「党政分離」**を打ち出し、政治改革にも意欲を見せていました。しかし、天安門事件によって、こうした改革の動きはすべて停止してしまったと言えます。
事件後、鄧氏自身が党にあらゆる権限を集中させる動きの先頭に立ち、1992年には**「社会主義市場経済」という枠組みを確立しました。これは、政治は一党独裁を維持したまま、経済の市場化を進めるという、極めて特殊な体制を固めたことを意味します。それでも、米国や日本が天安門事件で一時停止した援助を再開したのは、中国の経済発展が長い目で見れば政治の民主化**へと繋がる、という希望的観測があったからです。
しかし、中国はそのような世界の期待を裏切るように、民主的な体制からますます遠ざかっていきました。特に2018年3月の憲法改正では、国家主席の任期が撤廃されました。これは、習近平氏がメディアへの統制も強める中で、10年を超える長期政権を視野に入れていることを示唆しています。この現実に、当時のペンス米副大統領は2018年10月の演説で「中国での自由が経済だけでなく政治にも拡大することを期待してきたが、その希望は満たされなかった」と、強い失望感を露わにしています。
ここで大変皮肉な事実は、現在の強力な監視体制を支えているハイテク技術の多くが、米国や日本の技術を基盤に築き上げられたという点です。国際社会が技術協力を通じて中国の発展を支援した結果が、皮肉にも権威主義的体制の強化を助長してしまったと言えるでしょう。このため、中国の民主化が期待できなくなった今、先端技術を巡る米中間の争いは、まさに起こるべくして起こった必然の流れだと私は考えます。
現在、トランプ米政権は制裁関税の適用や、中国の通信機器大手である華為技術(ファーウェイ)の排除など、強硬な手段を用いて中国を追い詰めようとしています。しかし、天安門事件後の歴史が証明しているように、共産党は瀬戸際に立たされると、むしろ権力集中を強めて危機を乗り越えようとしてきました。この歴史的教訓を、国際社会は忘れてはならないでしょう。
中国が多様な意見を認める開かれた政治体制になる日は来るのでしょうか。米国が率先して民主主義や開かれた経済システムを鍛え直し、その優位性を中国に示すことこそが、国際社会に残された唯一の道筋だと、私は確信しています。今回の事件から30年の節目は、改めて世界の自由と民主主義の価値を見つめ直す重要な機会となるでしょう。

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