2019年6月5日夜、タイの首相選出という晴れの舞台に、主役であるプラユット・チャンオチャ氏(65歳)の姿はありませんでした。一部の国会議員から首相指名選挙を前に演説を求められましたが、彼は「もう十分ではないか」と固辞しています。これは、2014年の軍事クーデター以降、約5年間にわたる暫定首相としての実績を見て判断してほしい、という彼の自信の表れでしょう。国軍きってのタカ派(強硬な政策や姿勢をとる勢力)とされるプラユット氏が、どのようにして再び政権の座に就いたのか、その背景と人物像に注目が集まっています。
プラユット氏は、タイ東北部のナコンラチャシマ県で生を受け、タイ国防大学を卒業した後に、国軍の主流派である陸軍でキャリアを積み上げてきました。特に、精鋭部隊として知られる第21歩兵連隊(王妃親衛隊)で頭角を現し、同隊出身者が中心となって国軍内で最も大きな影響力を持つ派閥「東部の虎」の中心人物となりました。この経歴からも分かるように、彼は根っからの軍人であり、国の統治においても強いリーダーシップを発揮するタイプだと言えるでしょう。
強硬な王政主義者としての歩みと政権掌握の背景
彼は強い王政主義者(王室制度やその権威を重視する立場)として知られ、国軍や官僚といった伝統的な支配層の権力を脅かしたとされるタクシン元首相に対して強い対抗心を持っていることが、彼の政治行動の大きな動機の一つです。実際、2006年に当時の首相であったタクシン氏を追放するクーデターを主導しました。さらに、2014年には、タクシン派政権と反政府勢力との対立が激化する中で、「国内の混乱を収める」という名目で再び軍事蜂起を実行し、国の全権を掌握するに至りました。
2014年のクーデター後、彼は国のすべての権力を掌握する国家平和秩序評議会(NCPO)の議長と、暫定首相の両方を兼任し、強大な権限を手にしました。「汚職のない政府の手本をつくる」と宣言し、実際にタクシー業界や宝くじ販売に絡む利権組織の摘発を断行しました。これは、当時のタイ国民が長年抱えていた、政府や一部勢力による汚職(公的な地位を利用した不正行為)に対する不満に応える形となり、一定の評価を得た側面もあります。しかし、一方で強権的な政治手法には当然ながら批判も存在します。
舌禍事件と意外な素顔、国民の視線はどこへ向かうのか
歯に衣着せぬ発言は時に物議(人々の間で議論や批判の的になること)を醸し、彼の強硬な印象を強めています。例えば、軍政に批判的な姿勢をとる記者に対して「処刑したい」と発言したことは、人権団体や国内外のメディアから強い非難を浴びたこともあります。このような強面のイメージが先行しがちですが、意外な素顔として作詞を趣味としています。
2014年のクーデター直後には、「タイに幸福を取り戻す」と題したバラード調の歌を発表し、連日テレビで放映されていました。その歌詞には「国はじきに良くなる。幸せが戻ってくる」といった、自らの軍事行動を正当化するようなメッセージが込められていました。この歌に込められた「幸福の回復」が、プラユット氏の再任によって本当に実現するのかどうか、タイ国民は注意深くその動向を見定めているでしょう。私見ですが、強権的な手法は短期的には秩序をもたらすかもしれませんが、長期的には国民の真の幸福には、より自由で民主的なプロセスが必要不可欠だと考えます。今後の政権運営において、国民の意見をどこまで取り入れることができるかが、彼の真価を問うことになるでしょう。私生活では、彼は妻と共に双子の娘を持っています(バンコク=村松洋兵)。
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