2019年6月上旬、米中貿易摩擦の激化によって世界経済の減速懸念が急速に高まり、世界の金融市場は大きな転換点を迎えています。特に注目すべきは、米国の連邦準備理事会(FRB)が利下げに踏み切るという観測が浮上し、これに新興国が連動して金融緩和の動きを加速させている点です。これにより、世界的に金利が低下する傾向が強まり、金融市場に新たなひずみが生まれる危険性が指摘されています。
市場の異常事態を示すのが、米国の2年物国債の利回りです。これは、短期的な金融政策の予想を反映する重要な指標ですが、6月7日には1.7%台まで急激に下落しました。この1カ月間で0.5%以上も低下するというスピードは、2008年の世界的な金融危機以来の異例な事態です。貿易戦争が激しさを増すなか、「今後3四半期以内に世界景気が後退期に入るかもしれない」という警戒感が、米モルガン・スタンレーなどから示されています。これを受け、市場ではFRBが年内に2回から3回の利下げに動く可能性を織り込み始めたのです。
FRB内部からも、緩和的な発言が相次いでいます。セントルイス連邦準備銀行のブラード総裁は、今週、「近い将来、利下げが正当化される可能性がある」との見解を示しました。また、FRBのパウエル議長も「景気拡大を持続させるために適切に行動する」と述べ、市場の期待に応える姿勢を見せています。前回の利上げが2018年12月でしたから、わずか半年で金融政策の方向性が180度転換しようとしているのは、まさに劇的な変化だといえるでしょう。
このFRBの姿勢の変化は、新興国にドミノ倒しのように波及しています。例えば、フィリピンは2018年に米国の利上げの影響で資本が流出し、国内のインフレを抑えるために5回も利上げを余儀なくされました。ところが、一転して2019年5月には6年半ぶりとなる利下げに動きました。他にも、マレーシアやニュージーランドが5月に2〜3年ぶりの利下げを実施し、6月に入るとオーストラリアやインドもこれに追随する形で金利を引き下げています。
こうした世界的な緩和競争の再燃を見越して、余剰資金は再び新興国市場へと流れ込み始めています。国際金融協会(IIF)のデータによれば、米中貿易摩擦への懸念から大幅な資金流出に見舞われた5月とは打って変わって、6月第1週には約36億ドルもの資金が新興国に向かいました。世界的な金融緩和の流れが、より高いリターンを求めるリスクマネーを新興国へと回帰させている状況がうかがえます。
新興国は、米国と金融政策の連動性が非常に高いという構造的な問題を抱えています。これは、新興国が国際決済銀行(BIS)の統計によると、なんと3兆7千億ドル(約400兆円)という巨額のドル建ての借金を抱えているからです。この負債は、2008年の金融危機以降のFRBの超低金利政策(金融緩和)によって、低利のドル資金が供給された結果、過去10年間で2倍以上に膨れ上がりました。基軸通貨であるドルの金利が下がれば、新興国はドル建て債務の負担が一時的に軽くなると期待し、利下げに踏み切りやすくなるのです。
私は、このFRBを起点とした緩和ドミノには、いくつかの懸念すべき点があると考えます。まず、米国の金融政策の急な転換には、目先の景気回復を重視し、FRBに金融緩和を強く要求してきたトランプ大統領の影響も無視できません。大統領の発言が中央銀行の独立性に影響を与えている可能性があることは、長期的には市場の信頼性を損ないかねないでしょう。
過度な金利低下が招く世界経済の不安定化
さらに、FRBをきっかけとした緩和競争が世界中に広がることで、必要以上に金利が押し下げられるリスクがあります。過度な金利低下は、本来であれば採算が取れないはずの投資、いわゆるゾンビ企業などへの資金流入を活発化させ、金融市場にバブルのようなひずみを蓄積させかねません。これは、長い目で見ると世界経済の安定性を大きく損なうおそれがあるのです。
また、米国の緩和余地が乏しいという点も事態を複雑にしています。FRBの現在の政策金利は2.25%から2.50%の水準です。パウエル議長自身も認めているように、過去の景気後退期には平均して5%程度の利下げで対応してきました。このため、「次の景気悪化が起きた際、政策金利の下限(ゼロ金利)に直面する可能性がある」という見解が示されています。つまり、金融の「弾薬」が少ない状態で、世界の金融システムをコントロールしなければならないという難しい局面にあるわけです。
このように、通商問題だけでなく金融政策においても各国の利害が複雑に絡み合うなか、2019年6月8日から9日に福岡市で開催されるG20財務相・中央銀行総裁会議では、先進国と新興国が一体となって問題解決を探るのは困難を極めるでしょう。各国が自国優先の緩和競争を激化させることで、結果として世界経済全体が不安定化するリスクが高まっていると、私たちは強く警戒する必要があるでしょう。
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