2019年08月24日、教育界に一石を投じる衝撃的な一冊が注目を集めています。ブライアン・カプラン氏による著書『教育反対の経済学』は、現役の大学教授が自らの職域を否定しかねない過激な主張を展開し、大きな波紋を呼んでいるのです。SNS上では「高い学費を払う価値が本当にあるのか」「耳が痛すぎるが正論だ」といった、現行の教育システムに対する疑問の声が次々と上がっています。多くの人が薄々感じていた「大学で学ぶ内容と実社会の乖離」が、データによって冷徹に解き明かされました。
本書の核となるのは、経済学における「シグナリング」という概念です。これは、情報を持っている側が、持たない側に対して自分の特性を伝えるための信号を送ることを指します。カプラン氏は、現代の高等教育がまさにこの「シグナル」を発するだけの装置に成り下がっていると厳しく指摘しました。企業は学生が講義で得た知識そのものではなく、卒業という事実から読み取れる特定の資質を評価しているというのです。これは、私たちが信じたい「教育による成長」という理想を根底から覆す視点と言えるでしょう。
著者の分析によれば、学歴というシグナルが企業に伝達しているのは、知力、まじめさ、そして協調性の3要素に集約されます。雇用主は学位を、厳しい選抜を勝ち抜く頭脳と、退屈な課題をやり遂げる忍耐力、そして組織のルールに従う適応力の証明書として扱っているのです。残念ながら、そこで何を専攻し、どのような専門知識を身につけたかは、二の次となっているのが現実かもしれません。こうした「お墨付き」を得るために多額の費用と時間が投じられている現状は、極めて非効率的であると断じられています。
「教えたふり」と「学んだふり」が蔓延するキャンパスの闇
一方で、学生側の行動も非常にドライなものとなっています。学位さえ手に入れば良いと考える彼らは、試験直前の詰め込み勉強に励み、いかに楽に単位を取得できるかという「評価の甘い授業」の探索に余念がありません。皮肉なことに、苦労して卒業しても、その過程で学んだ知識の大部分は瞬く間に忘れ去られてしまいます。大学側もまた、学生の満足度を優先して厳しい指導を避けるなど、双方で「教育の形骸化」が進行している様子が、本書では痛烈に描き出されています。
カプラン氏は、このような「教えたふり」と「学んだふり」が横行する高等教育を大幅に縮小すべきだと提唱しています。全ての若者を大学に送り込むのではなく、より実践的なスキルを磨く「職業教育」へとリソースを振り向けるほうが、社会全体にとってはるかに合理的であるという主張です。実際に本書では、卒業後の年収や失業率の比較、学費における自己負担の割合など、膨大なデータが提示されており、感情論ではない科学的な根拠に基づいた議論が展開されています。
私自身の視点から述べさせていただくと、本書の主張は現代社会における「教育のインフレ」に対する極めて鋭い警告だと感じます。誰もが大学に行くことが当たり前になった結果、学位の希少価値が薄れ、さらなる高学歴を求める過剰な競争が生まれています。2019年08月24日現在、米国の事例として紹介されたこの問題は、決して対岸の火事ではありません。教育を「自己研鑽」として美化するだけでなく、投資対効果として冷徹に見つめ直す勇気が、今まさに求められているのではないでしょうか。
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