2019年6月13日、世界を揺るがす米中貿易摩擦について、日本総合研究所の上席主任研究員である三浦有史氏が、その影響の核心を鋭く分析しました。この問題は単なる二国間の対立として片付けられるものではなく、日本を含むアジア全体の経済構造に深く関わっているのです。特に、**「付加価値貿易統計」という特別なデータに着目することで、従来の通関ベースの統計では見えなかった貿易の真の姿が明らかになると三浦氏は指摘しています。この付加価値貿易統計とは、製品の最終的な価格に含まれる「価値の源泉」がどの国で生まれたのかを示すもので、これにより統計上の「二重計上」といった問題が解消され、より実態に即した分析が可能になるというわけです。経済協力開発機構(OECD)と世界貿易機関(WTO)が協力して算出している、この信頼性の高い統計が、冷静な状況判断の鍵を握っています。
従来の統計、すなわち「通関ベース」で算出される貿易赤字額では、アメリカが主張する中国の対米貿易黒字額は、実態よりも過大に評価されている可能性が高いと三浦氏は見ています。その理由は、中国がアメリカへ輸出する製品の約2割が、他国からの輸入品や、製品を作る途中で使う「中間財」で占められているためです。つまり、中国の実質の対米輸出額は、アメリカが公表する数字の約8割程度で捉えるべきでしょう。一方、日本や台湾、韓国といった国々は、部品や中間財を提供しているにもかかわらず、通関ベースの対米貿易黒字では、その貢献度が過小評価されている状況にあるのです。
制裁関税がもたらす経済への影響を産業別に細かく見ていくと、その衝撃がすべての産業に均等に及ぶわけではないことが浮き彫りになります。中国の対米輸出に占める外国の付加価値の割合を分析すると、「電気・電子機器」が約4割を占め、次いで「繊維」が約2割と続いています。このことは、アメリカによる制裁関税が、電気・電子機器分野に最も集中的かつ深刻な影響を与えることを示唆しています。特に日本、台湾、韓国といったアジア諸国は、中国の対米輸出に含まれる付加価値のうち、電気・電子機器産業が占める割合が非常に大きく、日本で約6割、台湾で約8割、韓国でも7割超に達しているのです。電気・電子機器の生産は大規模な工場への投資が必要なため、この状況への対応には相当な時間を要すると考えられます。
サプライチェーンの再構築はアジア経済の最重要課題
この貿易摩擦を背景に、製品の最終組み立て工程を中国から他の国へ移す「サプライチェーンの再構築」の動きが加速すると予想されます。すでにベトナムでは、2019年1月から4月までの投資認可統計で、中国が金額ベースでトップに躍り出ており、これは過去に例を見ないほどの急激な変化です。中国商務部の投資ガイドのダウンロード数でもベトナムが首位となっており、企業が生産拠点の移転を真剣に検討していることが伺えます。しかし、中国には「農民工」と呼ばれる低賃金で働く出稼ぎ労働者が約3億人いるとされ、もし生産の「空洞化」**が進み、彼らの雇用が大量に失われれば、社会問題、さらには中国共産党にとって最も避けたい政治問題に発展するリスクを抱えています。この雇用問題は、中国政府が生産移転を抑制する大きな要因になるでしょう。
三浦氏の分析からは、中国が長年培ってきた「世界の工場」としての地位が、短期間で崩れることは非現実的であることがわかります。付加価値統計によれば、2015年時点で、中国は世界の製造業の対米付加価値輸出の25.5%を占めており、これはインド(2.6%)や台湾(2.2%)、ベトナム(1.2%)といった他のアジア諸国・地域の規模を圧倒しています。中国の製造業には約1億人の就業者がいるため、他の国・地域が組み立てなどの最終工程だけを担ったとしても、中国の巨大な生産能力を短期間でスムーズに代替することは困難です。私見ですが、この貿易戦争は、単にコストの問題だけでなく、アジアの安定的な経済成長を支えてきた複雑な生産ネットワーク、すなわちサプライチェーン全体の見直しを迫る、極めて重要な局面だと言えるでしょう。各国の企業や政府は、この激震を乗り越えるための戦略的な対応が求められているのです。
三浦有史氏(みうら・ゆうじ)は、1989年に早稲田大学を卒業後、日本貿易振興会(ジェトロ)に入会し、その後さくら総合研究所を経て、2001年に日本総合研究所に入社されました。2016年からは現職に就き、中国経済や東アジア経済を専門とする第一人者として活躍されています。
この激しい貿易摩擦に対するSNS上の反響では、「付加価値貿易統計という視点は新鮮だ」「やはり日本の部品産業が巻き込まれているのが心配」「中国からベトナムへの投資急増は驚き」といった声が多く寄せられており、特にアジア諸国の経済への影響について高い関心が集まっているようです。
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