今から約1200年も昔、平安時代の初めに編纂された日本最古の医学書をご存知でしょうか。その名は「大同類聚方(だいどうるいじゅうほう)」。桓武天皇の遺命を受け、平城天皇の時代の808年(大同3年)に完成したとされる伝説の「国産薬レシピ集」です。現在、横浜薬科大学の根本幸夫教授を中心に、この古の知恵を現代語訳で復元しようという壮大なプロジェクトが進められています。
SNSでは「和製漢方のルーツがそこにあるのか」「1000年以上前の処方が今も通じるなら胸が熱い」といった驚きの声が上がっています。この書物は単なる記録ではなく、当時の深刻な社会問題に立ち向かうために生まれた、国家レベルの医療改革の結晶だったのです。当時の日本はたびたび疫病に見舞われていましたが、唐から輸入される薬は非常に高価で、一般の手には届かない貴重品でした。
日本独自の医学理論と「寮本」の衝撃
根本教授がこの書物の「寮本(りょうほん)」を初めて手にした際、大きな衝撃を受けたといいます。私たちがよく知る中国伝来の「陰陽五行説(いんようごぎょうせつ)」とは全く異なる、日本独自の医学思想が記されていたからです。陰陽五行説とは、万物は「木・火・土・金・水」の5つの要素から成るという考えですが、本作では「天の火」と「地の水」、そして「食物の味」が混じり合って人体が構成されると説かれています。
まさに日本独自の進化を遂げていた古代医学の姿が、そこにはありました。特に「寮本」と呼ばれる写本は、宮中の医療機関である「典薬寮(てんやくりょう)」の印があることからその名がつきましたが、これには他の伝本にはない「薬の具体的な分量」が明記されています。これは現代の薬剤師や医師にとっても、当時の治療実態を正確に把握するための極めて重要なデータとなるでしょう。
神社は地域の病院だった?出雲神薬の秘密
内容を読み解くと、非常に興味深い事実が浮かび上がってきます。全100巻に及ぶ中には808もの薬方が収められており、その多くが全国140以上の神社から集められた知恵でした。例えば、島根県松江市の神社に伝わる「出雲神薬」は、頭痛や発熱を伴う風邪に効くとされ、ハマオホネ(防風)やサクラカハ(桜皮)といった国産植物が配合されています。
この事実は、古代の神社が単なる信仰の場ではなく、薬を常備し病を治す「地域医療の拠点」として機能していたことを示唆しています。また、万葉歌人として名高い大伴家持にまつわる「精神のうつけ」に効く薬など、当時の権力者たちが抱えていた心身の悩みまでがリアルに記録されている点は、歴史ファンにとってもたまらない魅力と言えるのではないでしょうか。
失われた欠本を求めて:未来へ繋ぐバトン
しかし、この貴重な寮本には悲劇的な過去があります。幕末の医家が復元・出版を試みたものの、火災によって版木と原本が焼失し、全100巻のうち2巻から7巻までが欠落してしまったのです。根本教授は、50年以上にわたる東洋医学の研鑽を背景に、全国の旧家や神社に眠っているかもしれないこの「失われたピース」を探し出し、完全版としての現代語訳を目指して奔走されています。
私は、このプロジェクトこそが日本のアイデンティティを再発見する鍵になると確信しています。外来の知識に頼り切るのではなく、足元の草木に宿る力を信じた先人たちの知恵は、飽和状態にある現代医療にも新たな視点を与えてくれるはずです。難解な万葉仮名で綴られた古代のメッセージが、令和の時代にどのような癒やしをもたらすのか、その完成が待ちきれません。
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