「心の中で思っていても、言葉にできない」。そんな現代の子どもたちの姿に、ある校長先生が危機感を抱いたのは2014年のことでした。勤務校に着任した際、感謝の気持ちを素直に表現できない児童が少なくないことに気づいたのです。そこで、かつては11月の学校行事として定番だった「勤労感謝集会」を復活させるという、温かな挑戦が始まりました。
1990年代を境に、学校現場では「行事の精選(せいせん)」という名のもと、多忙化を避けるために多くの行事が削減されてきました。精選とは、教育内容を吟味して整理することを指しますが、この過程で感謝を伝える機会まで失われていたのです。復活の提案に対し、教職員からは「仕事なのだから感謝されるのは当然ではない」という困惑の声も上がりました。
しかし、校長先生の情熱は揺るぎませんでした。子どもたちが、多くの人々に支えられて成長している事実に気づき、自分も誰かのために尽くしたいと願う心を育んでほしいと願ったからです。SNSでも「当たり前のことに感謝する心は、大人になってからこそ重要になる」と、この取り組みを支持する声が数多く寄せられ、注目を集めています。
笑顔が溢れる二部構成の交流プログラム
復活した集会は、非常にユニークな二部構成で行われました。まず第一部では、給食調理員や学童擁護員(通学路の安全を守るボランティア)、町会の方々を各教室にお招きし、一緒に給食を囲みます。対面で食事を共にすることで、お互いの顔と名前が一致し、これまで遠い存在だった「支えてくれる大人」との心の距離が、ぐっと縮まっていきました。
続く第二部は、児童会と担当教員が知恵を絞った「感謝の集会」です。ステージでは、感謝の気持ちを込めた替え歌やダンスが披露され、子どもたちが一つひとつ丁寧に折り上げた折り紙の花束や、手紙が贈呈されました。学年に応じた役割分担がなされたことで、全校児童が「自分たちの役割」を自覚し、能動的に参加できる素晴らしい空間が創出されたのです。
招待された地域の方からは「大したことはしていないつもりでしたが、これからは皆さんのためにもっと頑張りたい」という、感動の言葉が寄せられました。子どもたちは自分の想いが相手に届いたことを実感し、その表情は深い満足感で輝いていたといいます。これは、教科書の上の学びを超えた、真の道徳教育が結実した瞬間だったと言えるでしょう。
「感謝」が学校の新しい文化になる
この集会の成果は、単なる一日限りのイベントに留まりませんでした。開催後、地域の方々からは「街で子どもたちから挨拶されることが増えた」と、喜びの報告が相次いでいます。児童の語彙の中にも「~のおかげで」という感謝のフレーズが自然と増え、2019年11月18日現在、この感謝の心は学校の誇るべき校風として、しっかりと根付いています。
昨今の教育現場では、サービスを受ける側がそれを当然の権利として享受しがちな傾向にあります。しかし、誰かの献身によって自分の日常が成立していると知ることは、社会を生き抜くための「共感力」を養うことに直結します。多忙な時間割の中であっても、こうした「心の交流」を目的とした行事を復活させる意義は、極めて大きいのではないでしょうか。
効率化が叫ばれる現代だからこそ、あえて時間を割いて「ありがとう」を交わす。この取り組みは、単なる昔への回帰ではなく、未来を担う子どもたちの心を豊かにするための、本質的な教育の形を示しているように感じます。失われつつある大切な行事の中にこそ、私たちが次世代へ継承すべき「日本人の美徳」が隠されているのかもしれません。
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