二〇一九年五月二十八日、システム開発大手のNECネッツエスアイが、まさに「未来の働き方」を先取りするような、大胆な本社機能の再編計画を発表し、大きな話題を呼びました。「通勤時間を三十分以内にする」という夢のようなスローガンの裏には、日本企業の根深い課題に切り込む、緻密な戦略が隠されていたのです。
計画の骨子は、東京都文京区にある本社勤務の社員のうち、人事や経理などのスタッフ部門約四百名を、首都圏約十カ所に新設する中小規模の「サテライトオフィス」に分散配置するというものです。二〇一九年六月以降、柏市や横浜市などに順次開設されるこれらのオフィスは、社員の自宅から最も近い場所が「本籍」となります。これにより、片道平均四十五分(徒歩除く)かかっていた通勤時間を、平均二十五分へと劇的に短縮させる狙いがあります。
この発表に対し、当時のSNSでは「通勤時間が短いのは正義!」「満員電車から解放されるなんて羨ましすぎる」「コロナのずっと前からこの発想はすごい」といった称賛の声が上がりました。しかし、この改革の真の目的は、単なる「通勤ラッシュの解消」という福利厚生の充実に留まるものではありません。むしろ、その真意は「業務に潜む無駄のあぶり出し」にあるのです。
牛島祐之社長(当時)は、「あえて社員同士が直接顔を合わせにくくする」ことに狙いがあると強調しています。同じ部署のメンバーが物理的に離れた場所で働くことになれば、コミュニケーションは必然的にITツール(ビデオ会議やチャット)に移行します。そうなれば、「対面でなければダメ」といった非効率な会議や、「ハンコをもらうためだけ」の過剰な承認プロセスが、否応なく可視化されることになるでしょう。
私自身、これは非常に日本企業的な、しかし効果的な荒療治だと感じます。「意識改革」を唱えるだけでは変わらない組織の悪習に対し、「物理的な環境を変える」ことで強制的に変化を促すというアプローチです。付加価値の低い資料作成や不要な承認フローを残したままでは、分散環境下で業務効率が著しく悪化するため、現場が自ら「業務プロセスの見直し」をせざるを得なくなるのです。
また、この施策が興味深いのは、「テレワーク」との差別化です。同社は既に全社テレワークを導入済みでしたが、社員からは「自宅では集中しにくい」という声も上がっていました。私たちがコロナ禍で痛感したこの課題に、同社はいち早く気づいていたのです。自宅(Home)と本社(Office)の中間地点として、集中できる「近所の職場」を提供する。これは、社員の多様なニーズに応える、非常に現実的で優れた解決策と言えるでしょう。
もちろん、この改革は「現本社の賃借スペースを六割削減する」という、明確なコスト削減効果も見据えています。二〇二〇年三月期に二十億円を投資してでも、長期的な生産性の向上とコスト効率化を両立させようという強い意志がうかがえます。コロナ禍以前の二〇一九年に、これだけの先見の明をもって「分散」と「効率化」に舵を切ったNECネッツエスアイの決断は、今なお多くの企業が学ぶべき「働き方改革」の最良の教科書の一つではないでしょうか。
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