スペインのバルセロナで異彩を放つ未完の巨塔、サグラダ・ファミリア教会をご存じでしょうか。この世界的な建築物の中心で、40年以上の長きにわたり石を穿ち続けている日本人彫刻家がいます。彼の名は外尾悦郎さんです。あてもなく渡ったヨーロッパの地でこの教会と運命的に出合い、数々の難題を乗り越えてきました。設計者である天才アントニオ・ガウディが遺した詳細な設計図は、過去の戦火で失われています。そのため、外尾さんは行き詰まるたびにガウディの眠る地下礼拝堂を訪れ、墓石に触れながら心の対話を重ねて建築を進めてきました。
現在は、教会全体の正面入り口となる「栄光のファサード」という重要な門のデザインを任されています。ファサードとは建物の正面にあたる意匠のことで、建築の「顔」とも言える非常に重要な部分です。外尾さんはキリストの復活を表現するこの難題に対し、「これ以上問い続けるものがないというまで問い詰める」という強い覚悟で臨んでいます。ネット上でも「異国の地でガウディの意志を継ぐ日本人がいるなんて誇らしい」「職人としての執念と哲学に震える」といった感動と称賛の声が絶えず寄せられており、多くの人々を魅了しています。
外尾さんの原点は、1953年に福岡市の質屋に生まれた幼少期にありました。年の離れた兄姉がいたため、1人で黙々と粘土遊びや絵画に熱中する少年だったそうです。大きな絵を描くために母親が用意してくれたマッチ箱の山に、一本ずつマッチ棒を並べて大きな乗り物を描いた経験が、現在の「石を積み上げて巨大な建築を作る」というサグラダ・ファミリアの仕事に繋がっていると振り返ります。エリート校の競争社会に馴染めず、わざと知らない道を自転車で走るような冒険心が、彼の内に秘められた反骨精神を育てていきました。
大学で石という素材に出合ってからはその魅力に取り憑かれ、自身を厳しい環境に追い込むために1978年に渡欧します。パリの完成された街並みに落胆した後に辿り着いたのが、当時はまだ観光客もまばらだったサグラダ・ファミリア教会でした。そこで無造作に積まれた石材の山を見た瞬間、魂を揺さぶられるように「彫りたい」と強く突き動かされたのです。排他的な現地の職人たちの中で、言葉の壁や過酷なノルマに耐えながら圧倒的な成果を出し続け、実力でその地位を確立していきました。
外尾さんの凄みは、ガウディが構想していなかったディテールにまで「彼ならどう考えたか」と思考を巡らせ、命を吹き込む点にあります。例えば、135メートルの高さを誇る塔に設置された雨どいには、聖書に登場する人物の逸話にちなんだ独自の美しいデザインを施しました。そんな彼の技術と哲学は世界に認められ、2015年にはイタリアの歴史的な大聖堂の祭壇に置かれる説教壇のデザインコンテストで見事に最優秀賞を獲得しています。ガウディの背中を追いかけながらも、自分自身の芸術を生涯表現し続ける姿勢が窺えます。
偉大な先人の模倣にとどまらず、自らの問いの先にある「答え」を導き出そうとする外尾さんの生き様には、深い感銘を受けずにはいられません。彼は、夜空の下で石を彫っていると、時折ノミとハンマーを持つ手が勝手に動き、石の内部に溶け込んでいくような感覚に包まれると語ります。それは、自然の造形に寄り添い続けたガウディと同じ境地に達した瞬間なのかもしれません。一つの物事に人生を捧げ、石という言葉のない存在と対話を続ける彼の情熱は、時代や国境を超えて人々の心に響き続けることでしょう。
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