日本郵政グループが、増田寛也新社長を筆頭とする新たな経営陣のもとで新しい一歩を踏み出しました。法令順守、いわゆるコンプライアンス(企業が法律や社会規範を守ること)の徹底を最優先に掲げ、組織の基盤を固める方針を示しています。しかし、現在の日本が直面する急激な人口減少や長引く低金利政策は、同社の経営環境に厳しい影を落としているのが現状です。新首脳陣は内部事情に精通しているものの、民間企業として持続的に成長するための明確な未来図、いわば航海図を描き切れていないように見受けられます。
SNS上では「形だけの再出発にならなければいいが」「現場の意識が変わらないと意味がない」といった、冷ややかな視線や今後の出方を注視する声が数多く上がっています。増田新社長は2020年1月9日に行われた就任記者会見の席で、全国に張り巡らされた約2万4000局におよぶ郵便局ネットワークの現状維持を大前提とすることを明言しました。地域の拠点を本格的に整理統合するドラスティックな改革には、現時点では踏み込まない意向を強くにじませています。
しかし、実際に最前線で働く現場の局員たちからは「本当にこれほどの店舗数が必要なのだろうか」という疑問の声が各地で噴出しているのです。日本郵便が収集した約6800件もの内部意見を集約した資料には、生々しい現実が記録されていました。ある現場職員は、1日にお客さまが数人しか訪れないような過疎地の店舗において、職員3人体制で営業を続けているという非効率な実態を告白しています。
また、勤続30年を迎えるベテラン職員は、周囲の地域住民が70代以上の高齢者世帯ばかりになってしまった現状を嘆いていました。自分の家族や親しい知人に無理を言って契約を結んでもらわなければ、会社から課された営業目標を達成できないと苦しい胸の内を明かしています。地方都市の過疎化と少子高齢化が進む中で、現場にのしかかるノルマの重圧が限界に達している構図が浮かび上がってきます。
民間企業であれば、市場が縮小した際に店舗を統廃合してコストを削減するのは当然の経営判断でしょう。実際に地方銀行は、2004年3月末から2019年3月末までの期間に店舗数を5%減少させています。さらに信用金庫は9%の削減を断行し、農業協同組合(JA)に至っては約3割もの組織統合を進めました。これに対して郵便局は、わずか0.7%の減少にとどまっており、他業界と比較してもその変化の乏しさは一目瞭然です。
2007年10月1日の民営化以降も、日本郵政は「全国津々浦々に拠点を持つことこそが最大の強みである」という従来の固定観念から脱却できていません。拠点の合理化(業務の無駄を省いて効率化すること)を事実上のタブーと見なしてきたツケが回っています。結果として、厳しい営業目標を現場へ課すことで全体の売上高を維持し、肥大化した組織を無理に支えようとする悪癖が根深く残ったままなのです。
こうした合理化を阻む大きな要因として、各地の郵便局長が持つ強い影響力が挙げられます。旧特定郵便局長時代からの流れを汲み、親から子へと世襲で地位を引き継ぐケースも少なくなく、本部からの独立意識が非常に高い組織です。彼らは自身の社会的地位や安定した収入を失うことを恐れ、全国郵便局長会(全特)という強力な組織を通じて、政治の世界へ郵便局の維持を強く働きかけています。
店舗の統廃合は政治的な集票力を弱める恐れがあるため、たとえ組織の内部から改革を求める声が上がったとしても、上層部が真摯に向き合うことはありません。2019年12月には、青森市内の局長が全特の地方組織に対して脱退を申し出たところ、事実上の除名処分を受けるという象徴的な事件も発生しました。
青森市は2000年に約32万人だった人口が、2045年には約18万人にまで激減すると試算されている地域です。この元局長は地域の未来を見据えて店舗の統廃合を訴えていましたが、「郵政グループが抜本的な経営改革を行えない元凶は全特の体制にある」と強い憤りを露わにしています。インターネット上でも、この構造に対して「これでは一般企業とは呼べない」「古い政治癒着の縮図だ」といった厳しい批判の意見が相次いで寄せられました。
現在、各郵便局の経営を実質的に支えているのは、グループ内の金融2社(ゆうちょ銀行とかんぽ生命保険)が支払う年間約1兆円の販売手数料です。これは日本郵便全体の売上高の約4分の1を占める極めて大きな財源となっています。金融2社側は、この手数料の引き下げや郵便局だけに頼らない独自の販売ルートの開拓を模索していますが、政治的な圧力に阻まれて遅々として進みません。
2019年12月に開催された自民党の会合では、当時の意向を反映した象徴的な一幕がありました。かんぽ生命保険の植平光彦社長(当時)が販路の拡大を検討していると発言した際、出席していた国会議員の一人が「郵便局と決別するような議論をするなど言語道断だ」と激昂したと伝えられています。
世間を揺るがしたかんぽ商品の不適切販売問題について、金融庁の幹部は「金融事業の利益で郵便局網を無理に維持しようとする構造そのものに原因がある」と断言しています。店舗を減らさずに経営を維持するためには、金融商品を何が何でも売り続けるしかなく、それが現場への過度なプレッシャーとなり、不正な販売手法へと繋がったという見立てです。
しかし、現在の低金利環境下では、かんぽの主力である貯蓄型商品の魅力は大きく低下しています。九州地方の現場局員は「魅力のない商品を無理やり売らなければならない」と悲痛な声を上げていました。私は、このまま店舗網の合理化から目を背け続ければ、いくら表面的な法令順守を叫んだところで、現場の歪みによる不正の再発を防ぐことは極めて難しいと考えます。日本郵政が真の民間企業として生まれ変わるためには、痛みを伴う構造改革に今すぐ踏み切るべきでしょう。
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