2019年6月27日、朝方の雨が嘘のように晴れ上がった油断から、傘を持たずに出たところを激しい大雨に見舞われたというノンフィクション作家・河合香織氏の体験から、今回は「誤り」や「失敗」がもたらす人生の彩りについて深く考察します。日曜日の表参道で、傘を差す人々の間を縫ってずぶ濡れになりながら走る中で、筆者はかつて住んでいた神戸の街での記憶を思い出されたそうです。その港町では、突然の雨に立ち往生していると、見知らぬ誰かが「そこまでご一緒にどうぞ」と自然に傘を差し伸べてくれる温かい光景が、年齢を問わず日常的に見られたといいます。こうした、ほんの数分間、見ず知らずの他人と偶然にも傘を分かち合う時間は、非常に愉快で楽しい経験だったと振り返っていらっしゃいます。
これは、スタジオジブリの名作『となりのトトロ』で、主人公のサツキが、雨の中バス停でトトロにそっと傘を差し出す場面とも通じる、かつては珍しくない人々の交流だったのかもしれません。サツキがトトロに出会えたのは、傘を持っていくのを忘れたお父さんを迎えに行ったという「うっかり」のおかげです。つまり、小さな失敗が、思いがけない偶然の出会いを運んできてくれることもあるのですね。筆者の知人にも、若くして避妊に失敗し、最初は戸惑いながらも出産を決意した友人がいらっしゃいます。そのお子様は障害を持っていましたが、その友人は人生の後半に差し掛かった今、「あの子に出会えたことが人生で一番素晴らしい出来事だった」と語っているそうです。また、「この人だけは嫌だ」と初詣で誓った相手と結婚せざるを得なくなった別の知人も、今では喧嘩をしながらも強固な家族として強く生きているという話からも、当初は「誤り」や「不本意な出来事」と捉えられたことが、人生においてかけがえのない価値をもたらすことがあると示唆されています。
計画至上主義の時代にこそ失敗を恐れない勇気
しかし、現代の世の中では「失敗は絶対に避けるべきもの」という空気が非常に強く、偶然の出来事を楽しむよりも、すべてが計画された「必然」であることを好む傾向にあると筆者は感じていらっしゃるようです。人々は、人生において起こり得るあらゆる事態を想定し、極力間違いのないように設計し、すべてを自分の手の内に収めようとすることが「良い生き方」だとされているように見えます。例えば、万が一に備えて幾重にも人生に保険をかけたり、生まれた後に発覚する可能性のある病気がないかを出産前に検査する「出生前診断」を選択する人も増えています。もちろん、「備えあれば憂いなし」という考え方は一理ありますが、このような失敗の少ない、誤りのない人生は、本当に安全で豊かなのでしょうか。
筆者は、人生における失敗や誤りを恐れ、あらゆる不確実性を排除しようとする現代社会の風潮に一石を投じています。どれほど避けようとしても、人間は必ず誤りを犯す生き物です。その誤りを犯したからこそ、そして予期せぬ偶然を受け入れたからこそ、出会うことができた大切な命や、深い愛があるのではないでしょうか。ここでいう「出生前診断」とは、羊水検査やNIPT(非侵襲的出生前遺伝学的検査)など、お腹の赤ちゃんが特定の染色体疾患を持っているかどうかを調べる医学的な検査を指しますが、そうした検査によって事前にリスクを把握し対処することの是非も、不確実性への対応として現代的な議論の的となっています。筆者自身の立場としては、こうした誤りの先に生まれる「光」を描きたいという思いが、作家としての活動を一貫して支えているとのことです。
河合氏は、自身が最初の本を出版されてから15年が経過した時点でも、本欄のエッセイ執筆では、ノンフィクション(他者の話をもとに原稿を書く手法)とは違い、自身の内面から言葉を紡ぎ出す作業(エッセイ)の難しさを痛感されたといいます。しかし、誤りの先にこそ存在する光を描きたいという根源的なテーマは、ノンフィクションとエッセイのどちらにも変わることなく通底していたのです。この半年間の連載を終えるにあたり、筆者はこれからも、予期せぬ雨にずぶ濡れになって一人歩いている人に対して、そっと傘を差し出すような、つまりは人生の困難や誤りの中にいる人々に、温かい光と希望を示すことができるような文章を書いていきたいと、切に願っていらっしゃいます。人生の不確実性を恐れず、失敗から生まれる価値を見つめ直す勇気をくれる、非常に示唆に富んだエッセイであると拝読いたしました。
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