2019年6月26日、埼玉県警機動隊が2012年に行った水難救助訓練中の事故を巡る損害賠償訴訟で、さいたま地方裁判所は県に対し、約9200万円の支払いを命じる判決を下しました。この痛ましい事故は、当時26歳だった水難救助部隊所属の男性巡査が、訓練中に溺死したというものです。遺族側は、当時の上司5人と県に対して、合計で約1億9千万円の損害賠償を求めていましたが、判決では上司個人への請求は退けられ、公権力の行使主体である県への賠償責任が認められました。
この事件で特に注目されたのは、裁判所が指導員による行為を「傷害の故意を伴い明らかに違法」と認定した点でしょう。亡くなった佐々木俊一巡査は、訓練中、プールのはしごにつかまり「もう無理です」と中断を求めていたにもかかわらず、指導員だった男性巡査(当時)は、佐々木巡査に息継ぎをする余裕すら与えずに、水中に何度も繰り返し沈めるという行為に及んでいました。裁判長を務めた谷口豊裁判官は、このような行為を「違法」と断じ、事故の原因を作ったと指摘したのです。装備を装着した状態の訓練で、助けを求める隊員をあえて水に沈めるという行為は、指導という範疇を超えた私的な制裁と受け取られかねません。
この指導員による暴行とも言える行為が、悲劇の直接的な引き金となったことは明らかです。佐々木巡査は2012年6月の訓練に参加した際、合計で38キログラムという重装備を身につけていました。さらに、足を負傷していたため訓練の中断を申し出ていたのですが、それも認められませんでした。水深およそ3メートルのプール中央で、息継ぎの機会も与えられずに繰り返し水中に沈められ、結果として命を落としてしまったのです。指導員はその後、業務上過失致死罪に問われ、さいたま地裁で禁錮1年6月、執行猶予3年の有罪判決が確定し、失職しています。
組織の規律欠如が招いた悲劇
今回の判決で裁判所が厳しく指摘したのは、指導員個人の責任だけではなく、組織としての県警の体制不備です。指導員が訓練員を水中に沈めるという行為に対しては、専門家の間からも疑問視する声が上がっていたにもかかわらず、県警がその危険性に対して明確な規律、すなわち組織的なルールや規範を設けていなかったことが、事故の背景にあると指摘されています。これは、個人の過剰な指導を許容してしまう、組織のガバナンス(統治能力)の欠如を浮き彫りにしたと言えるでしょう。
判決が報じられると、SNS上ではこの事故と判決に対する大きな反響が巻き起こりました。「訓練という名を借りた単なる暴行ではないか」「上司の個人的な制裁行為をなぜ県が全額賠償するのか」といった、指導の是非や上司個人の責任の範囲、公務員の賠償に関する疑問の声が多く見受けられました。また、「指導員個人の責任だけではなく、組織全体の問題だ」「体育会系特有の行き過ぎた指導が放置されていたのだろう」と、組織風土や安全管理体制への批判も集中しました。訓練中の事故は、一歩間違えば命に関わる事態になるため、組織全体での安全対策と規律の徹底が不可欠です。
筆者は、今回の判決が示すのは、いかなる組織であっても、訓練や指導の名の下に行われる過剰な行為を決して見過ごしてはならないという強いメッセージだと考えます。特に人命救助を担う機動隊において、隊員の生命を脅かすような指導法が放置されていたとすれば、それは組織としての危機管理意識の欠如と言わざるを得ません。埼玉県警は「判決内容を十分に検討し、適切に対応したい」とコメントしていますが、この悲劇を教訓とし、二度とこのような事故を起こさないよう、訓練方法の抜本的な見直しと、より明確で厳格な安全規律の確立が強く求められるでしょう。


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