現代社会は情報過多で、私たちの物欲や食欲は次々と刺激され続けています。しかし、すべてが一本調子で進むわけではありません。貪欲さが深まるにつれて、その反動として**「禁欲」への欲求も高まっているのです。ただし、それは修行僧のようなストイックなものではなく、楽しみながら、あるいはゲーム感覚で欲望をコントロールする、新しい消費スタイルとして広がりを見せていると分析できます。
この「禁欲」ブームを象徴する商品として、近年、大きな話題を呼んでいるのが「タイムロッキングコンテナ」です。別名“禁欲ボックス”とも呼ばれるこの透明または白のケースは、「娘のお菓子の食べ過ぎをどうにかしたい」というアメリカでの親の悩みをきっかけに開発されました。使いすぎが気になるスマートフォンや、ついつい手が伸びてしまうお菓子などを入れ、設定した制限時間まで絶対に開けられないようにロックする仕組みです。このシンプルなアイデアが、誘惑を断つ環境づくりを求める人々の心に響いています。
この禁欲ボックスにいち早く着目し、数年前から取り扱いを始めたのが、浜松市の雑貨輸入会社「うるおいをプラス」です。同社の岡本健社長も、これほどまでの人気が出るとは思っていなかったようで、「何かを決心して始めるには誘惑を断つ環境づくりが必要。でもここまで売れるとは」と、その反響の大きさに驚きを隠せません。最近になってツイッターなどのSNSで火が付き、ワイドショーなどで紹介されると、一時は入荷待ちになるほどの人気となりました。インターネット上でも「意志が弱い自分にはこれしかない」「これで勉強に集中できる」といった反響が多く見られ、「高すぎる」という声がある一方で、「価格は9,800円から12,800円と安くはないが、高いからこそやる気が生まれる」という岡本社長の言葉に共感する購入者も多いようです。特に、受験を控えるお子様へのプレゼントとして購入する親御さんも少なくありません。このヒットの背景には、ガチガチの「禁止」ではなく、誘惑に打ち勝ったという「ちょっとした達成感」を味わえるゲーム感覚が、新たな需要を生み出したからでしょう。
もちろん、「禁欲」の形はモノに閉じ込めるだけではありません。スマートフォンへの過度な依存を防ぐための「デジタルデトックス(解毒)」**も、その一例です。旅行会社のリディラバ(東京・文京)では、年に1~2回、鎌倉市でスマートフォンが使えない日帰りツアーを企画しています。これは、参加者が瞑想(めいそう)したり、自然の中を散策したりすることで、デジタル機器に依存せず、五感を研ぎ澄ますことを狙いとしたものです。日常の喧騒から離れ、自分自身と向き合う時間を持つことは、現代人にとって一種の贅沢な消費と言えるかもしれません。
ダイエット市場にも浸透する「コントロール」消費
禁欲消費の波は、より具体的な目的を持つ市場にも押し寄せています。代表的なのがボディーメークでお馴染みのRIZAPですが、本格的なトレーニングは敷居が高いと感じる人も少なくありません。そこでRIZAPは、よりお手軽にダイエットを実践したい人々をターゲットにした食品を、ファストフードやコンビニエンスストアで販売し始めました。一時期話題になった吉野家の「ライザップ牛サラダ」がその代表例ですが、実はコンビニで販売された間食用のバー菓子が爆発的な売れ行きを見せました。
このバー菓子は、空腹時に食べると太りやすいという通説を逆手に取り、「間食しながらダイエット」を謳い文句としています。2019年3月に発売されたこのバーは売れ行きが極めて旺盛だったため、なんとわずか3ヶ月で原料不足による販売休止に追い込まれています。これは、厳しい制限ではなく、**「工夫して、手軽にコントロールしたい」という消費者の潜在的なニーズを捉えた結果だと考えられます。
また、さらにユニークな商品も存在します。雑貨などを販売するトライ・ディー(東京・渋谷)が出しているスプレー「おかずのかおり」**です。焼き肉やギョーザなど5種類の香りがあり、空腹を感じたときにスプレーをすることで、あたかも食べたような感覚を味わい、ダイエットにつなげられるという触れ込みです。このような商品が生まれる背景には、食欲という人間の根源的な欲望に対しても、**理性的に「欺く」ことでコントロールしたいという、現代人の新しい感覚が見て取れます。個人的な意見としては、逆に食欲が増進されてしまいそうに感じますが、この一風変わった商品からも、「禁欲」を「エンタメ化」する潮流を感じることができます。
一方で、このような消費者の「禁欲」志向は、経済全体に冷え込みをもたらす可能性も秘めています。博報堂が2019年10月に予定されている消費税増税について実施した消費者意識調査では、「増税を踏まえて実践する行動」として、「外食を控えて自炊・内食」が1位、「お金のかからない暇つぶしをする」が2位という結果が出ました。これは、消費者が財布の紐を締め、欲望を抑制する方向へ向かっていることを示唆しています。企業は、この消費者意識の「禁欲ボックス」**をいかに早く、そして魅力的に開けさせるか、五感を研ぎ澄まして考える知恵が今まさに求められているのでしょう。

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