サントリー斎藤和弘社長の挑戦!「烏龍茶」のDNAで世界を制する無糖飲料戦略と現場主義の神髄

2019年12月05日、飲料業界に新たな風を吹き込んでいるリーダーがいます。サントリー食品インターナショナルの斎藤和弘社長です。2019年3月にトップに就任した彼は、日本独自の文化である「無糖飲料」を武器に、世界の喉を潤そうとアクセルを全開に踏み込んでいます。

SNSでは「甘くないお茶が海外でどこまで受け入れられるか楽しみ」「健康志向の波を捉える先見明がすごい」といった期待の声が寄せられています。斎藤社長の原点は、若手時代に携わった「烏龍茶」の開発にありました。当時、缶で無糖のお茶を飲む習慣は世界的に見ても極めて珍しいものでした。

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どん底のビール営業から掴んだ「現場」の真実

斎藤社長のキャリアは、決してエリート街道ばかりではありませんでした。1979年に早稲田大学を卒業して入社後、最初に配属されたのはビールの営業部。当時のサントリーはビール事業で苦戦を強いられており、飲食店では大瓶さえ置いてもらえない厳しい現実が待っていました。

彼は諦めず、夜の街を歩き回って自動販売機の開拓に活路を見出します。しかし、現場での成果が必ずしも社内で正当に評価されないという悔しさも味わいました。この時期の「泥臭い経験」こそが、後に彼を支える徹底した現場主義の土台となったのは間違いありません。

その後、飲料事業部へ異動した彼は1981年に「烏龍茶」を発売します。「和洋中、どんな食事にも合う甘くないお茶は必ず必要とされる」という彼の直感は、多様な食文化を持つ日本の市場で見事に的中しました。この成功体験が、今のグローバル戦略の核となっています。

データを超えた直感!アジアで起こした無糖革命

「いつか無糖茶が世界を席巻する」という信念は、2011年の中国赴任で現実味を帯びます。当初は甘い飲み物が主流だった現地でも、わずか2年で人々の嗜好が劇的に変化する瞬間を彼は目撃しました。喫茶店で砂糖を入れない客が増え、机には甘い飲料が残されるようになったのです。

斎藤社長は「データに表れる微差を待つのではなく、現場を歩いて変化の兆しを掴むべきだ」と説きます。この洞察力により、2014年には中国でフレーバーウオーター(水に果物の香りなどを加えた飲料)をヒットさせ、アジア全域でサントリーブランドの地位を確立しました。

グローバル展開において彼が学んだ最大の教訓は「現地の感覚に任せること」です。かつては日本主導の開発で失敗も経験しましたが、現在は現地の感性を尊重し、日本の理念と融合させる体制を構築。味覚の感受性は地域ごとに異なるという謙虚な姿勢が、成功の鍵を握っています。

失敗から学ぶリーダーシップと星空への情熱

「成功体験から得られるものは少ない。失敗からしか学べない」と言い切る斎藤社長。この強い精神力の裏には、オンとオフを切り替える遊び心があります。多忙な日々の合間を縫い、福島県の実家で天体観測を楽しむことが彼の至福のひとときです。

プレアデス星団やオリオン座の星雲を眺める時間は、宇宙のスケールで物事を捉え直す貴重な機会なのでしょう。仕事だけを自己実現の手段とせず、遊びを大切にする柔軟な姿勢があるからこそ、変化の激しい世界市場で戦い続けるエネルギーが湧いてくるのだと感じます。

日本で磨き上げた「健康で美味しい」飲料文化が、斎藤社長の手によって世界のスタンダードへと進化していく過程は、私たちに勇気を与えてくれます。現場の声を拾い、失敗を糧にする彼の挑戦は、これからも飲料業界の勢力図を塗り替えていくことでしょう。

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