国際舞台の最前線でキャリアを切り拓いてきた女性の存在が、今まさに日本へ新しい風を吹き込もうとしています。アジア太平洋地域の経済発展や貧困削減を目指して融資や技術援助を行う「アジア開発銀行(ADB)」をご存じでしょうか。この国際金融機関の駐日代表に2019年5月、女性として初めて児玉治美氏が就任したニュースは、各方面で大きな話題となりました。
彼女のキャリアはまさにグローバルそのもので、18年もの長きにわたり海外を拠点に活躍してきた実力派です。ネット上では「同じワーキングマザーとして勇気をもらえる」「これからの日本の組織も見習うべきロールモデル」といった熱い応援の声が相次いで寄せられています。国際社会で道を切り拓いてきた彼女の言葉は、私たちの働き方に強い刺激を与えてくれるでしょう。
世界を股に掛けるキャリアと育児の両立
児玉氏は2001年に国連人口基金(UNFPA)に採用されたことを機に、アメリカのニューヨークで生活を始めました。その後、2008年に双子の男の子を出産するという人生の大きな転機を迎えることになります。ここで彼女が選択したのは、仕事と育児をより高い次元で両立できる環境へのシフトでした。
そうして転職を果たしたのが、フィリピンのマニラに本部を構えるアジア開発銀行(ADB)です。ADBは発展途上国のインフラ整備や保健衛生など多岐にわたるプロジェクトを支援していますが、先進国での知名度向上が課題となっていました。彼女はそこで広報戦略を巧みに立案し、組織の存在感を世界にアピールする重要な役割を10年以上にわたり担い続けたのです。
外から見た日本社会のリアルな課題
自らのステップアップのために公募に挑戦し、見事に駐日代表の座を射止めた児玉氏ですが、久しぶりの日本生活では違和感を抱くことも少なくないようです。かつてに比べて働く女性が増えたものの、社会の根底にある男性優位の構造や、女性を過小評価する風潮に直面し、働きづらさを実感していると吐露しています。
筆者は、このような国際感覚を持つリーダーが発する警鐘に、日本社会はもっと耳を傾けるべきだと痛感します。「女性活躍」が叫ばれて久しいですが、実態が伴っていなければ優秀な人材は世界へ流出してしまうでしょう。彼女のようにバイタリティ溢れるリーダーが国内で増えるためには、従来の古い価値観をアップデートしていくことが不可欠です。
故郷への愛と、多様性を知った原体験
そんな彼女のルーツは1968年に生まれた鹿児島市にあります。伝統を重んじる厳格な商家で育ち、幼少期は毎日のように正座で挨拶をする生活を送っていました。しかし、小学4年生の時に家族でアメリカへ移住したことで、性別にとらわれない自由な文化に触れ、日本の固定的な性別役割分担に疑問を持つようになったといいます。
窮屈な価値観には抗いつつも、彼女の鹿児島への愛着は人一倍深く、今でも心の支えとなっています。海外生活の中でも毎年帰省を欠かさず、カラオケでは地元の民謡「おはら節」を歌って心を落ち着かせている姿は非常にチャーミングです。伝統を愛しながらも、世界基準の多様性を受け入れるしなやかさこそが、彼女の最大の魅力なのかもしれません。
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