突然、顔や手足がパンパンに腫れ上がり、お腹の中に焼け付くような激痛が走る。そんな想像を絶する恐怖と40年もの間、たった一人で戦い続けてきた女性がいます。NPO法人「HAEJ(HAEジャパン)」の理事長を務める山本ベバリー・アンさんです。彼女が抱えているのは、5万人に1人と推定される希少難病「HAE(遺伝性血管性浮腫)」でした。この病気は体内の特定のタンパク質の働きが乱れることで、血管から水分が漏れ出し、皮膚や内臓に「浮腫(むくみ)」を引き起こすものです。
HAEの恐ろしさは、その症状の予測不能な激しさにあります。手足の腫れだけでなく、腸が腫れればのたうち回るほどの腹痛に襲われ、もし喉(喉頭)が腫れてしまえば、気道を塞いで窒息死する危険さえ伴います。SNS上でも「原因不明の腹痛で救急搬送を繰り返している」「親族に似た症状の人がいる」といった声が散見されますが、まさにその正体こそが、このHAEである可能性を秘めているのです。国内には2500人ほどの患者がいると推測されていますが、実際に診断を受けているのはわずか500人程度に過ぎません。
「誤診」が絶望を深める現実
アンさんが最初に異変を感じたのは1971年、彼女がまだ12歳の頃でした。それから2012年に正しい診断が下るまで、実に40年もの歳月を費やすことになります。その間、多くの病院を巡りましたが、下される診断は「胃腸炎」や「婦人科疾患」といった見当違いのものばかりでした。専門用語で「確定診断」と呼ばれる、病名を特定するためのプロセスがこれほどまでに困難なのは、腫れる場所によって受診する科が変わってしまうからです。その結果、医師も患者も一つの病気が原因であることに気づけません。
誤った治療によって症状が悪化し、病院への不信感を募らせたアンさんは、やがて発作が起きても一人で耐える道を選んでしまいました。しかし、仕事の責任が増すにつれてストレスからか症状は重篤化し、5年間にわたって救急入院を繰り返す日々が続きます。ようやく運命が動いたのは、ある当直医との出会いでした。アンさんの症状をつぶさに観察した医師が「HAEではないか」と疑いを持ったのです。それは、暗闇の中に一筋の光が差し込んだ瞬間であったといえるでしょう。
血液検査の結果を待つ間にも病魔は襲いかかり、アンさんは喉の腫れによって呼吸困難に陥り、気管挿管という生死の境を彷徨う経験をしました。しかし、その危機を乗り越えた2012年、ついに大阪大学病院で「HAE」という確定診断が下されました。40年という歳月はあまりに長いものですが、正体が分かったことで、彼女は「自分は狂っていなかった」という安堵と、適切な治療法があるという希望を同時に手にしたのです。
孤独な戦いから、世界とつながる支援の輪へ
病名が判明してからのアンさんの行動力は目覚ましいものでした。自身の息子も同じ病を抱えていることを知り、彼女は情報の乏しい日本において、患者会の設立へと動き出します。海外の患者会と連絡を取り合う中で、アンさんは国境を越えた温かいサポートに触れることになりました。現在は大阪大学大学院の教授として教鞭を執りながら、ボランティアで理事長を務め、同じ苦しみを持つ人々を救うために奔走されています。
私は、このアンさんの歩みを知り、医療における「希少疾患への無理解」がどれほど個人の人生を削るのかを痛感しました。13.8年という平均的な診断遅延期間は、医療が進歩した現代においても、まだ解決すべき大きな課題として横たわっています。診断さえつけばコントロールが可能な病気だからこそ、私たち一人ひとりがこの病名を知ることが、誰かの命を救う最初の一歩になるはずです。アンさんのように、孤独に痛みに耐える人がいなくなる社会を願わずにはいられません。
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