がん治療の「光」と「影」:抗がん剤が招く心臓病のリスクと腫瘍循環器学の最前線2019

がん治療の進歩によって、かつては不治の病とされた病も克服できる時代が到来しています。国立がん研究センターのデータによれば、2006年から2008年に診断された患者の5年生存率は62%に達し、1990年代半ばと比較して大幅に向上しました。現在、がんを経験しながら社会で活躍する「がんサバイバー」は、2019年までの平均で約310万人にものぼります。しかし、この喜ばしい回復の裏側で、抗がん剤による「心臓への負担」という新たな課題が浮き彫りになっています。

東京都内在住の70代女性は、2017年に悪性リンパ腫を発症し、抗がん剤治療によって見事にがんを克服されました。ところが、完治直後から予期せぬ心臓の不調に見舞われたのです。東京大学病院の専門外来を受診した結果、診断されたのは抗がん剤の影響による「重度の心不全」でした。このように、がん治療そのものは成功したものの、その副作用が循環器系に深刻なダメージを与え、日常生活を脅かすケースが全国で相次いで報告されています。

抗がん剤は、がん細胞を攻撃する一方で、正常な細胞を傷つける側面を持っています。これを一般に「副作用」と呼びますが、特に心臓の細胞は一度傷つくと再生しにくい特性があるため、治療が終わった後になって深刻な症状として現れやすいのです。SNS上でも「がんが治ったのに階段の上り下りが辛い」「治療後の動悸が不安」といった、サバイバーの方々による切実な声が散見されます。長生きできるようになったからこそ、この「心毒性」の問題が顕在化してきました。

新潟県立がんセンター新潟病院の大倉裕二部長による推計では、心臓や血管の病気に苦しむがん患者は、2015年時点で国内に25万人も存在します。さらに高齢化の影響もあり、2030年から2034年には31万人にまで増加すると予測されています。驚くべきことに、生存率の高い乳がん患者の場合、診断から10年が経過すると、がんで亡くなる人よりも、抗がん剤の影響による心疾患で亡くなる人の数が上回るというデータも示されています。

この事態を重く見た専門学会も、いよいよ本格的な対策に乗り出しました。2019年9月下旬に開催された日本腫瘍循環器学会では、2020年春から全国規模の実態調査を開始することを決定しました。これまで、がんを専門とする「腫瘍内科」と、心臓を専門とする「循環器内科」の間には高い壁があり、連携が不十分だったという反省があります。今後は、抗がん剤の負担を抑えつつ治療を継続するための指針を、2020年内にも完成させる方針です。

筆者の見解としては、がんに勝つことだけをゴールとするのではなく、治療後の「人生の質」をいかに守るかが、令和の医療における真のテーマになると確信しています。大阪国際がんセンターのように専門外来を設ける動きは、まさにその先駆けと言えるでしょう。がんサバイバーが心臓の不安に怯えることなく、本当の意味での健康な社会復帰を果たせるよう、診療科の垣根を越えたチーム医療の普及が、今この瞬間も強く求められています。

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