皆さんは普段、職場でのコミュニケーションにどんなツールを使っていますか。ビジネスマンなら誰もが知るチャットツール「Slack(スラック)」を手掛ける米スラック・テクノロジーズが、2019年6月20日、ついにニューヨーク証券取引所(NYSE)への上場を果たしました。初日の取引から買い注文が殺到し、時価総額はいきなり195億ドル(約2兆円)に達するというロケットスタートを切っています。しかし、今回のこのニュース、単なる大型上場という言葉だけでは片付けられない、非常に興味深い「仕掛け」が隠されているのです。
今回、スラックが採用した手法は、通常のIPO(新規株式公開)とは異なる「ダイレクトリスティング(直接上場)」という珍しい方法でした。一般的なIPOでは、上場時に新株を発行して市場から資金を調達します。しかし、今回のスラックは新株発行を行わず、既存の株式をそのまま取引所に登録しただけなのです。なぜ彼らは資金調達を放棄したのでしょうか。その答えは、共同創業者のカル・ヘンダーソン氏の「今は追加調達の必要がなかった」という言葉に集約されています。
実はスラックのような、未上場ながら評価額が10億ドルを超える巨大企業、いわゆる「ユニコーン企業」にとって、資金調達の環境は劇的に変化しています。彼らは上場前から、ソフトバンク・ビジョン・ファンドなどのベンチャーキャピタル(VC)から巨額の資金を集めきっているのです。実際、スラックは既に14億ドルもの資金を調達済みでした。つまり、企業が成長するための資金集めという本来の目的は、上場前に既に達成されてしまっているのが現状だと言えます。
「成長資金」から「換金場所」へ変質するIPO市場
では、なぜわざわざコストをかけてまで上場するのでしょうか。ここに見え隠れするのは、既存株主たちの「換金(イグジット)」への渇望です。未上場のままでは、創業メンバーや初期に投資したVC、そして株式報酬を受け取った従業員たちが、持ち株を現金化するのが難しい状況にあります。特にVCには投資期限があり、どこかで利益確定をしなければなりません。今回の直接上場には、新株発行の手間を省き、上場初日から既存株主が自由に株を売却できるというメリットがあるのです。
ネット上のSNSでも、この新しい動きに対して鋭い反応が見られます。「資金調達しない上場なんて、完全に既存株主の利確祭りじゃないか」「新株が出ない分、希薄化しないのは良いけど、公募価格がないから初値が読めない」といった投資家たちの戸惑いや分析の声が数多く上がっています。また、「Slackほど知名度があれば証券会社の営業努力も不要ということか」という、これまでの常識が覆されたことへの驚きの声も散見されました。
崩れゆく「株主平等」と個人投資家の苦境
さらに私が懸念しているのは、企業統治(ガバナンス)のあり方です。スラックは今回、通常の10倍もの議決権を持つ特殊な「種類株」を発行し、経営陣の支配権を鉄壁のものにしました。これは、GoogleやFacebookなどシリコンバレーのハイテク企業で流行している手法ですが、もの言う株主を封じ込める意味合いが強くあります。2015年以降、ハイテク企業のIPOの3割超がこの手法をとっており、「一株一票」という株主平等の原則が音を立てて崩れつつあるのです。
編集者としての私の私見を述べさせていただきますと、現在のIPO市場は、個人投資家にとってあまりに旨味が少ない構造に変質してしまったと感じざるを得ません。企業の急成長期に伴う果実は、未上場の段階でVCなどのプロ投資家たちが独占し、成長が鈍化した安定期に入ってから「換金」のために市場に放出される。我々一般投資家は、いわば彼らの利益確定の受け皿にされている側面があるのではないでしょうか。
ソフトバンクグループが出資する案件としては、今回のスラックはウーバーに続く2例目の上場となります。この後には、オフィスシェアの「WeWork(ウィーワーク)」なども控えています。カネ余りが生んだこの歪んだ構造の中で、我々投資家はブランド名だけに踊らされず、その企業の真の価値と、株主としての権利が守られているかを、これまで以上にシビアに見極める必要があるでしょう。
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