お正月に美しい着物に身を包み、伝統的な日本髪を結う姿には誰もが憧れます。1950年代の日本では、年の瀬になると多くの女性が美容院に列を作り、除夜の鐘を鏡の前で聞くことも珍しくありませんでした。それほどまでに日本髪は人々の生活に根付いていたのです。しかし、現代では和装の機会も減り、当時の熱気はどこか遠い物語のように感じられるかもしれません。
西洋の文化が流入する前の日本では、植物由来の「鬢付油(びんつけあぶら)」という固形油脂を使い、驚くほど多様な髪形が作られていました。江戸時代にはそのバリエーションは300種類を超えていたといいます。驚くべきことに、同じ名称の髪形であっても、公家や武家、あるいは町人といった身分の違いによって、髷の形や髪飾りに細やかな変化が付けられていました。
美術史家が魅了された日本髪の奥深い世界
私がこの伝統美の迷宮に足を踏み入れたきっかけは、日本画の巨匠である上村松園の美人画でした。彼女は古き良き日本の女性風俗を後世に残すため、江戸や明治の文化を徹底的に取材して作品を描いた画家です。絵画に描かれた女性の髪形に注目すると、その人物の年齢や既婚・未婚の別、さらには心の機微までが見事に表現されていることに気づかされます。
SNS上でも「浮世絵の髪形はデフォルメだと思っていたけれど、実はリアルだったのか」という驚きの声が多数寄せられています。京都美容文化クラブが主催する「櫛(くし)まつり」では、古代から現代までの伝統的な結髪と衣装をまとった人々が街を練り歩きます。熟練の美容師たちが魔法のように髪を立ち上げる姿は、見る者を一瞬でタイムトラベルさせてくれます。
浮世絵の謎を解き明かす伝統の結髪道具
日本髪の構造を理解する上で重要なのが、後頭部を大きく張り出させる「鱶(たぼ)」や、顔の両脇を膨らませる「鬢(びん)」という部分です。江戸時代の中期、これらを美しく成形するために「鱶さし」や「鬢はり」という型紙のような道具が登場しました。これにより、重力に逆らったダイナミックで華やかな立体造形が可能になったのです。
鈴木春信や喜多川歌麿といった浮世絵師たちが描いた一見すると大げさな髪形も、この道具の存在を知ると、どれほど正確に当時の最先端ファッションを写し取っていたかが分かります。文化の継承には道具を作る職人の存在が不可欠ですが、現代では需要の減少により、これらの道具や鬢付油の製造技術が途絶えかねない危機に瀕しているのも事実です。
クリエイター必見のビジュアル資料としての価値
伝統を未来へ繋ぐため、私は2020年01月08日に、日本髪の歴史と結い方を網羅した解説書を世に送り出しました。制作のきっかけは、アニメーターの友人から「日本髪を真上から見た構造が分からず、作画で困っている」と相談されたことです。現代のクリエイターにとって、髪の毛筋がどこへ向かって流れているのかを知る資料は極めて貴重です。
そこで本書では、完成された髪形を真横や上部など、あらゆる角度から撮影した写真を用いて図解しました。かつての日本の女性たちは、これほど複雑な造形を日常的に自らの手で結い上げていたというから驚きです。この一冊をきっかけに、日本の素晴らしい髪型文化が、現代のイラストやファッションの新たなインスピレーション源となることを切に願います。
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