医療従事者の過酷な労働環境が社会問題となる中、東京都中央区にある聖路加国際病院のドラスティックな意識改革が大きな注目を集めています。かつては月平均95時間にも達していた医師の残業時間を、なんと3分の1にあたる30時間台へと激減させたのです。この驚異的な時短劇の背景には、これまでの医療界の常識を覆す徹底した取り組みがありました。
ネット上でもこの変革は大きな話題を呼んでおり、「医療の質が保たれるなら素晴らしい取り組み」「他の病院も見習ってほしい」といった称賛の声が相欠かさない一方で、「若手の成長機会が奪われないか」と心配する声も上がっています。命を預かる現場だからこそ、このドラスティックな舵切りは多くの人々の関心を集めているのでしょう。
特に象徴的なのが、2019年5月から導入された救命救急センターでの新体制です。それまでは日勤からそのまま夜勤に入り、翌朝も他の診療を手伝うという不夜城のような勤務が慢性化していました。しかし現在ではシフトの柔軟化が進み、夜勤明けの医師が朝8時半には「あとはよろしく」と爽やかに退勤できる環境が実現しています。
従来の医療現場では、自己犠牲こそが美徳とされ、青天井の労働が当たり前とされてきました。しかし、2019年4月に働き方改革関連法が施行され、猶予期間があるとはいえ医師にも2024年4月から時間外労働の上限規制が適用されます。聖路加国際病院はこの法改正を先取りし、どこよりも早く具体的なメスを入れた形です。
聖路加が断行した2つの大改革!ベテランの夜勤と「自己研鑽」の明確化
具体的な改革の第1の柱は、勤務体制のドラスティックな再構築です。同院は34ある全診療科で実施していた土曜診療を原則廃止し、平日の外来にリソースを集中させました。さらに、これまで夜勤を免除されていた50代以上の医長や部長といったベテラン層にも週末の宿泊当直などを割り振り、業務の平準化を進めています。
そして第2の柱が、医師一人ひとりの意識改革です。福井次矢院長は「勉強は自宅でするもの」と言い切り、学会発表の準備や勉強会が「業務」か「自己研鑽」かを厳格に線引きしました。自己研鑽とは、業務命令ではなく自発的にスキルアップを図る時間を指します。これを勤務時間から除外することで、ダラダラ残業を防止したのです。
この改革は、患者側の理解なしには成立しません。土曜外来の廃止にあたっては、平日の受診への切り替えを丁寧に案内し、病状説明の対応も時間内に制限しました。ロビーに院長名での趣意書を掲示したところ、寄せられたクレームはわずか1通だったといいます。医療を守るための真摯な訴えが、患者の心にも届いた証拠です。
さらに、限られた時間で効率よく学ぶため、若手医師の育成にはSNSやクラウドツールがフル活用されています。フェイスブックやエバーノートを使い、病院外でも先輩医師から指導を受けたり、他院と情報交換したりするカルチャーが定着しました。デジタル技術を駆使した学びの効率化は、現代の賢い選択と言えるでしょう。
時短の代償?若手医師の「経験不足」という新たな壁
しかし、この先進的な取り組みも順風満帆なわけではありません。実は、同院が改革に踏み切った契機は2016年6月の労働基準監督署による立ち入り調査でした。未払いだった割増賃金の過去分など、総額十数億円規模の支払いを経て現在のクリーンな体制へと生まれ変わったという、痛みを伴う歴史があります。
現在でも産婦人科や集中治療科などでは月100時間を超える残業が残っており、医師の事務作業をサポートする補助者の増員や、自宅待機から必要に応じて出勤する「オンコール体制」への移行など、模索は続いています。何より深刻なのは、勤務時間の短縮によって研修医が経験できる手術件数が2〜3割減少している点です。
知識はあっても患者と接するリアルな頻度が減ることで、将来的な医療の質に影響が出かねないという懸念は、医療界全体の大きな課題です。ここからは私見ですが、医師の健康を守る労働環境の整備は絶対に不可欠である一方、技術の伝承をいかに担保するかというセーフティネットの構築も同時に急ぐべきだと感じます。
医師の残業を年1860時間まで認める特例措置などが議論される中、聖路加国際病院が示す先進的なモデルは、全国の医療機関にとって大きな試金石となるはずです。ただ時間を削るだけでなく、医療の質を落とさないための新しい教育システムの確立を含め、この挑戦が日本の医療の未来を救う光となることを期待して止みません。
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