近年、日本の銀行を取り巻く収益環境は厳しさを増しており、特に地域密着型の地方銀行における業績低迷が大きな議論を呼んでいます。その主な要因として、マイナス金利政策に伴う超低金利によって、融資による利息収入が激減したことが挙げられがちです。しかし、それ以上に重大な本質を見落としてはなりません。かつて銀行が日本の「実質的な資本家」として莫大な利益を得ていたビジネス構造そのものが、現在進行形で根底から崩れ去っているのです。
第二次世界大戦後の日本において、国内の銀行は単にお金を貸し出すだけの存在ではありませんでした。たとえ短期の融資であっても、何度も借り換えを行うことを前提とすることで、実質的に企業の資本(エクイティ)に相当するような資金を世の中に供給していたのです。こうした資金は、融資先の業績が悪化した際には企業を救済する役割も担っており、一般的な借金よりも返済順位が低い「劣後性(れつごせい)」という特徴を持っていました。
さらに銀行は、取引先企業の株式を実際に保有していました。これにより、その企業が成長した際に得られる株価上昇や配当といった「上昇余地(アップワードポテンシャル)」という果実をしっかりと獲得できたのです。人々の間で「銀行がそこまで深く企業に介入していたのか」と驚きの声が上がるのも無理はありません。経営のプロを役員として派遣するような、現在の未公開株投資ファンド(プライベートエクイティ)としての機能すら果たしていました。
これほど強力な権限がなぜ認められていたのでしょうか。それは戦後の財閥解体によって、国内の資本家や富が一瞬にして消失してしまったからに他なりません。パニックを防ぐため、銀行が新たな資本の供給手として機能することを社会から強く期待されたのです。特に長期信用銀行が提供した長期資金は、最も資本に近い性質を有していました。日本は銀行を擬似的な資本家と位置づけることで、戦後の奇跡的な経済復興を力強く成し遂げたといえます。
SNSでは「昔の銀行は頼もしかった」というノスタルジーが語られる一方で、その構造がバブル崩壊によって牙を剥きます。日本経済全体と運命を共にする投資信託(インデックスファンド)のようになっていた銀行は、その実質的な資本家としての性質が災いし、巨額の損失をすべて背負うことになりました。不良債権を片付ける過程で、銀行は資本のような融資を、本来の「純粋な借金(デット)」へと切り替える決断を迫られたのです。
ネット上でも「ここが銀行の転換点だった」と指摘する声が多いように、さらに追い打ちをかけたのが健全な企業経営(コーポレートガバナンス)の強化でした。企業同士が株を持ち合う悪習をなくす流れの中で、銀行は保有していた株を売却せざるを得なくなります。結果として、銀行は「資本家」としての最大の武器を手放すことになりました。企業への発言権は急速に失われ、資本家として得られていた高い収益力も一緒に消え去ってしまったのです。
私は、この一連の変革こそが現在の銀行の苦境を招いた主犯であると考えます。経済学者トマ・ピケティ氏の指摘通り、世界的には「資本への投資で得られる富」は経済成長を遥かに凌駕しています。超低金利はこの格差をさらに広げるはずでした。しかし、日本の銀行だけは世界と真逆の、資本を手放すルートを進んでしまったのです。1990年ごろに世界の時価総額ランキングを独占した邦銀の栄光は、今や見る影もありません。
現在のメガバンクや地方銀行の衰退は、単なるマイナス金利のせいではなく、戦後から機能してきた「資本家」というビジネスモデルが完全に終わりを迎えた結果なのです。単なる金貸しに戻った銀行が、これからどのような新しい価値を社会に提示できるのか、私たちはその過渡期を目撃しているのかもしれません。銀行という組織の定義そのものが、まさに2020年1月24日現在の日本において、根本から問い直されているのです。
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