キャリアの壁を「初の女性」として突破!常磐興産・渡辺淳子氏が語る、逆境を追い風に変える力

社会に出たばかりの頃、誰もが抱く希望と、時に突きつけられる現実の差に愕然とした経験はないでしょうか。現在、常磐興産で取締役執行役員を務める渡辺淳子さんが、40年前に富士銀行(現みずほ銀行)へ入行した際も、そのような驚きが待っていました。隣席の男性管理職の給与明細が、なんと自身の3倍近くあったのです。能力面で疑問を感じる相手とのあまりの待遇差に、彼女は「このままではいけない、偉くならなければ道は拓けない」と強く決意したといいます。

このエピソードはSNS上でも、「賃金格差は構造的な問題として語り継がれるべき」「当時の悔しさが今の原動力になっていることに勇気をもらう」といった共感の声が多く寄せられています。性別という属性だけで可能性が制限される時代、渡辺さんはそこからいかにして自身の道を切り拓いていったのでしょうか。

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「初」という冠を、挑戦へのパスポートに変える

転機は1986年、男女雇用機会均等法の施行でした。総合職へ転換した彼女は、広報部への異動を皮切りに、同行初となる女性支店長やダイバーシティ推進室長など、常にパイオニアとしての道を歩むことになります。ちなみに、ダイバーシティとは多様性を意味し、性別や年齢、国籍にかかわらず、様々な個性を組織に取り入れようとする考え方です。

しかし、その道のりは平坦ではありませんでした。芝公園支店副支店長時代には、年上の男性部下から無視されるという辛い経験もしています。彼女が選んだ解決策は、相手を冷静に観察し、その人が苦労していたクレーム処理を自ら引き受けることでした。実力を示すことで周囲を味方につけるという、彼女の強固な意志を感じさせます。

「異物」であり続ける強さが、次世代への道標となる

その後、融資判断の失敗や支店閉鎖、さらには自身の健康問題という大きな壁にも直面しました。しかし、ファイナンシャル・プランナー1級の取得など、学びを止めず力を蓄え続けた姿勢は、現代のビジネスパーソンにとっても大きな指針となるでしょう。2014年からは、スパリゾートハワイアンズを運営する常磐興産へ活躍の場を移しました。

渡辺さんはご自身を「会社という組織の中で40年間、ずっと異物だった」と語ります。「初の女性」という肩書きは、周囲からの比較対象が存在しないという側面も持ち合わせています。だからこそ、誰よりも自由に、前向きに挑戦できるのです。私は、この「異物であることを楽しむ力」こそ、これからの時代を生き抜くために最も必要なスキルではないかと考えます。若い世代も、恐れずに自身の旗を掲げ、挑戦し続けてほしいものです。

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