2019年に入り、日本の上場企業の間で、取引先との関係維持を目的とする政策保有株式(株式持ち合いとも呼ばれます)を売却し、保有を圧縮する動きが急速に広まっています。特に食品大手のカゴメや化粧品大手の資生堂など、日本を代表する企業が2018年度に売却を実施したことが注目を集めています。長年の課題であったこの「株式持ち合い」の解消は、日本企業の企業統治(コーポレートガバナンス)向上と、市場のさらなる効率化へと結びつく重要な一歩であると期待されているのです。
この流れの大きなきっかけとなったのが、東京証券取引所(東証)などが2018年6月に改定した企業統治指針(コーポレートガバナンス・コード)です。この指針は、企業が守るべき統治の原則や規範を示したものですが、改定前は政策保有について「説明」を求めるにとどまっていました。しかし、改定によって「縮減」を明確に要求する形へと踏み込んだため、これが企業の背中を強く押す形となりました。これにより、これまでは経営に口を出さない「モノいわぬ株主」であった政策保有株主が減少し、より投資効率を意識した経営が求められるようになるでしょう。
実際に、2018年12月期決算の企業では、具体的な売却事例が相次いでいます。例えば、カゴメは2018年12月期にユニー・ファミリーマートホールディングスやダスキンなどの政策保有株を売却し、「保有の意義が希薄と考えられる銘柄については、できる限り速やかに処分、縮減していく」方針を明らかにしています。その結果、前期末時点での政策保有株の銘柄数は、1年前よりも7銘柄少ない45銘柄に減少しました。また、資生堂も同じく12月期に上場4銘柄を完全に売却するという大胆な行動に出ました。同社では、自社の資本コスト、すなわち加重平均資本コスト(WACC:企業が資金を調達するためにかかる費用を、株式と借入の比率に応じて加重平均したコストのこと)の4%と比較するなど、投資効率を厳しく勘案して保有継続を判断しているとのことです。
さらに、同じ12月期決算企業では、ヤマハ発動機が三井住友トラスト・ホールディングスの株式をすべて手放し、東洋インキSCホールディングスは富士フイルムホールディングス株を、キリンホールディングスも10銘柄の売却を実施しています。また、2月期決算企業でも動きが顕著で、アパレル大手のオンワードホールディングスは、前期末までに政策保有株を64銘柄から40銘柄へと大幅に削減し、「中長期的にも減らす方針」だと述べています。松屋やJ.フロントリテイリングも保有株数を減らしており、高島屋もアサヒグループホールディングス株などを売却した模様です。
この政策保有株の圧縮という動きは、SNSでも大きな反響を呼んでおり、「日本企業の古い慣習がようやく変わってきた」「ガバナンス強化の流れを歓迎したい」「売却資金をどう使うか、成長戦略に期待」といった声が多く聞かれます。一方で、「長年の取引関係が解消されるのは少し寂しい」「売却で市場に大量の株が出回ることによる影響は大丈夫か」といった慎重な意見も一部に見られますが、総じて日本市場の構造的な変化への期待が大きいことが窺えます。今後、金融庁は2019年6月下旬から開示が始まる3月期決算企業の有価証券報告書(有報)から、政策保有株についてより詳しい開示を求める見通しです。3月期企業でも、すでに大日本印刷などが売却を発表しており、この流れは今後、さらに勢いを増すことでしょう。
日本の「株式持ち合い」はなぜ問題視されてきたのでしょうか
ここで改めて政策保有(株式持ち合い)について解説いたします。これは1960年代に拡大した、日本独自の企業間の仕組みです。事業上の関係維持や、敵対的買収への防衛策として、企業が互いの株式を持ち合うことが多く、「株式持ち合い」とも呼ばれてきました。事業会社同士だけでなく、銀行や生命保険会社が取引先との関係維持や、系列内の結びつきを強めるために幅広く株主となるケースも一般的でした。しかし、この仕組みはかねてから批判の的でした。その理由の一つが、投資効率を意識しない保有であるため、会社の資産の有効活用が妨げられてしまうことです。
もう一つの大きな弊害は、前述の通り、経営に意見を言わない「モノいわぬ株主」の存在により、企業統治(コーポレートガバナンス)が甘くなってしまう点です。つまり、経営陣にとって都合の良い株主が多くなり、市場や少数株主の利益が軽視されやすくなってしまうのです。さらに、保有株の価格が変動するリスクを経営陣が負うことも、企業にとっては重荷となります。私は、日本企業がグローバル市場で真に競争力を高めるためには、この非効率な慣習から脱却することが不可欠だと強く考えています。市場のグローバル化が進み、外国人株主の保有比率が3割を超える現状において、政策保有株の圧縮は、日本企業が古い体質から脱皮するための古くて新しい課題だと言えるでしょう。
実際、海外の投資家からも、この問題については長年の批判が寄せられていました。アクサ・インベストメント・マネージャーズのマット・クリステンセン責任投資・グローバル統括責任者も、「政策保有や持ち合いを続けると、日本市場はグローバルに出遅れてしまう」と強い懸念を表明しています。幸いにも、野村證券の集計によると、日本株の時価総額に占める「持ち合い比率」は、2017年度末に集計開始の1990年度以降で初めて一桁台の9%台にまで低下しており、解消は着実に進んでいることが分かります。
今後は、企業が売却によって得た資金をどのように活用するかが、投資家の最大の関心事となるでしょう。単に資産効率が改善するだけでなく、その資金を革新的な研究開発や、将来の成長に繋がる設備投資といった成長投資に振り向け、しっかりと成果を出せるかどうかが問われます。政策保有株の売却はゴールではなく、日本企業が世界の競争に打ち勝つための、新たなステージの始まりであると捉えるべきです。この改革の波が、日本市場の持続的な成長を力強く後押しすることを期待しています。
コメント