世界で最も日本産牛肉を愛している国はどこでしょうか。多くの人が思い浮かべるのは、美食の街である香港や台湾かもしれません。しかし、財務省が発表した2018年度の貿易統計に目を向けると、驚くべき事実が浮かび上がります。なんと、日本産牛肉の最大の輸出先はカンボジアだったのです。冷凍と冷蔵を合わせた輸出量は約880トンに達し、これまで王座に君臨していた香港の約770トンを抑えて首位に躍り出ました。2019年度の4月から12月の実績でも香港を4割以上も上回っています。
この驚異的なペースを考慮すると、2年連続でカンボジアが世界一の日本産牛肉輸入国になることは確実な情勢でしょう。インターネット上でも「まさかカンボジアがトップなんて意外すぎる」「現地の人がそんなに和牛を食べているの?」と驚きの声が相次いでいます。それもそのはずで、現地の一般家庭や市場では日本産牛肉を見かけることはほぼありません。一部の高級日本料理店を除けば、スーパーや伝統的な市場に並ぶのはオーストラリア産やニュージーランド産、そして地元の国産牛肉ばかりです。
現地の家畜飼養家連盟の幹部すら「そんなに多くの日本産牛肉が来ているとは知らなかった」と絶句するほどです。では、これほど大量の牛肉は一体どこへ消えているのでしょうか。結論から言うと、その大部分は中国へ再輸出されている可能性が極めて高いのです。その背景には、2001年9月に日本で発生したBSE(牛海綿状脳症)という病気があります。これは牛の脳の組織が海綿状になり、神経症状を起こす病気で、当時は世界中で大きな騒動となりました。
このBSE騒動を受けて、中国政府は日本産牛肉の輸入を全面的に禁止しました。香港は2007年に条件付きで解禁したものの、中国本土では厳しい禁輸措置が継続されたのです。しかし、2010年代に入ると中国からの訪日観光客が急増し、2015年には前年の2倍となる約500万人もの人々が日本を訪れました。彼らは日本で本物の焼き肉やすき焼きを味わい、脂身が網目のように細かく入った「サシ」の旨味を知ってしまったのです。帰国後もあの味が忘れられない富裕層が、闇ルートを求めました。
こうして、本来は手に入らないはずの日本産牛肉が、上海や深圳といった中国の主要都市の高級店で密かに提供されるようになりました。こうした需要を満たす中継地となったのが、政治的・経済的に中国と極めて深い結びつきを持つカンボジアです。中国からの巨額の投資を受け入れる同国は、貿易の障壁が低く、物資を横流ししやすい環境にありました。日本から港湾都市シアヌークビルへ海路で運ばれた牛肉は、そこから中国本土へと密かに送られていたとみられています。
衣料品や靴くらいしか目立った輸出品がないカンボジアにとって、この日本産牛肉の転売は一部の特権階級に莫大な利益をもたらす貴重なビジネスでした。国家の歪な経済構造が生んだ、まさに「美味しい」利権と言えます。しかし、こうしたグレーな関係性にも終わりの足音が聞こえてきました。中国政府が2019年12月に、月齢30ヶ月以下の骨なし牛肉に限定して輸入解禁を発表したからです。2020年中には正式に日中間の直接貿易が再開される見通しとなっています。
これによって、わざわざカンボジアを経由するという高いコストを払う必要はなくなります。これまで不当な利益を得ていた現地の政治家や企業は大打撃を受けるに違いありません。しかし、利権の恩恵も和牛の旨味も一度も味わったことがない大多数のカンボジア国民にとっては、世界一の座から転落したところで痛くも痒くもない話です。一刻も早く健全な直接取引の環境が整い、日本の素晴らしい食材が正当なルートで世界に届くようになることを切に願います。
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