2019年6月に入り、日本製紙と王子ホールディングス(HD)の株価が年初来安値を更新するという事態が発生しました。長らく製紙業界の救世主であった段ボール市場に「ちょっとオーバーフローするのではないか」という需給の緩みを警戒する声が大手製紙会社の幹部から聞かれ、市場の不安を反映しているのでしょう。洋紙の値上げがようやく浸透し始めた矢先の株安は、ネット通販の普及によって享受してきた「段ボール特需」の賞味期限が迫っていることを示唆しているように感じられます。
この特需の背景には、「アマゾン」のようなネット通販や個人間売買アプリの**「メルカリ」の爆発的な成長があります。また、共働き世帯や単身世帯の増加に伴い、調理時間を短縮したいという「時短ニーズ」が高まったことで、加工食品の流通量が増加したことも需要を押し上げています。日本製紙連合会によると、2018年の段ボールの国内需要は931万トンに達し、これは5年前に比べて6%もの伸びです。これは、出版物やオフィスで使われる洋紙の需要が同期に16%減の801万トンと歯止めがかからない状況とは対照的な動きでした。
製紙各社の「虎の子」事業に忍び寄る影
製紙大手各社は、2020年3月期にかけて洋紙の値上げが浸透したことなどで、主要6社の最終損益が改善する見通しを立てています。これは、各社が洋紙を製造する抄紙機**(紙を漉く機械)の稼働を計画的に止め、供給量を絞ったことで、需給が引き締まった結果です。しかし、洋紙部門の利益は依然として薄く、中長期的に見れば国内需要はさらに縮小し、再び供給過剰に陥ることは避けられないでしょう。
その一方で、段ボールの原料となる段ボール原紙は、古紙価格や石炭などの原燃料価格の上昇を背景に、2017年から複数回の値上げが実施されてきましたが、需要がタイトだったため順調に市場に受け入れられてきました。この段ボール原紙こそが、製紙各社にとって高い収益性が期待できる**「虎の子」的な存在だったのです。実際、王子HDは段ボールなどを含む生活産業資材の事業利益を前期比9割増の420億円と見込んでいます。また、日本製紙の紙・板紙事業は前期に81億円の事業赤字でしたが、今期は洋紙と段ボール原紙の採算改善により、44億円の黒字に転換する見通しです。レンゴーに至っては、段ボール製品の値上げ浸透によって10期ぶりの営業最高益を達成する見込みで、各社の業績を力強く牽引しています。
競合企業の設備投資集中が招く需給緩和
段ボール市場の好調な状況を受け、製紙各社の設備投資は集中傾向にあります。段ボール製造の工程は、古紙を再生して原紙をつくる工程と、顧客の要望に応じて箱に加工する「ケース」の工程に大別されます。専業最大手のレンゴーや王子HDは両方を自社で手掛ける一貫メーカーですが、原紙の工程だけであれば、洋紙の減産で余剰となった抄紙機を改修・転用することで新規参入が比較的容易です。
この動きを象徴するように、北越コーポレーションは2019年5月28日に、段ボール原紙事業への参入を発表しました。同社の新潟工場**(新潟市)の洋紙用抄紙機に20億円を投じて改修し、段ボール内部の波状構造に使われる**「中芯(なかしん)」の原紙を2020年1月から年間13万トン規模で生産する計画です。王子HDも同年5月22日、傘下の苫小牧工場**(北海道苫小牧市)で抄紙機を段ボール原紙用に転用すると表明しました。さらに、大王製紙も2020年4月から主力の三島工場(愛媛県四国中央市)で段ボール原紙を増産する計画があり、競争が激化しています。
市場の警戒感と海外輸出の不確実性
北越コーポレーションの岸本晢夫社長は、自社の生産規模は「国内需給に影響しない程度」と述べていますが、段ボール原紙の国内需要の年間伸び幅は約10万トンにとどまっています。これに対し、SMBC日興証券の佐藤有氏は、王子HDや大王製紙などを含む業界全体の増産規模を合計で「約80万トン」と推計しており、「一時的に需給が緩む可能性がある」と警鐘を鳴らしています。市場は、この過剰な設備投資競争によって、せっかく勝ち取った値上げが、再び安値競争に陥ることを懸念しているのでしょう。
製紙各社が頼みの綱としているのが、ネット通販の需要が高まる中国をはじめとするアジア地域への輸出です。段ボール原紙の輸出量は2018年に55万トンと、5年間で3.4倍に急増しました。しかし、「一時期に比べ一服感がある」と紙卸業者が指摘するように、輸出の勢いにも陰りが見え始めています。もし輸出が減速すれば、その分は国内市場に滞留し、需給バランスはさらに悪化するでしょう。この需給の緩みを取引先につけ込まれ、価格が下落すれば、製紙各社の収益は大きく圧迫される可能性があります。
洋紙の教訓を活かせるか?製紙業界のこれから
2019年6月6日の東京市場では、日本製紙が2%安、王子HDが1%安となり、市場の懸念が株価に直結しています。紙パルプの業種別日経平均株価は、3月末に比べて16%も下落しており、日経平均(2%安)の下げ幅を大きく下回っています。以前、洋紙事業では、工場の稼働を優先するあまり値上げが進まず、多くの製紙会社が前期に事業赤字に陥ったという苦い経験があります。もし、この「虎の子」である段ボール原紙で同じ轍(てつ)を踏むことになれば、「つけるクスリがない」(製紙大手幹部)という厳しい声も聞かれます。
SNS上でも、この製紙株の動向については「ネット通販の成長がピークアウトしたのか」「洋紙の二の舞いになるのは勘弁してほしい」といった、業界の行く末を案じる声が多く見受けられました。段ボール原紙の増産競争が激化する中で、製紙各社が過去の洋紙事業の教訓を活かし、適切な需給バランスを保てるのか。それとも、供給過剰による価格競争に巻き込まれてしまうのか。株式市場は、この重大な局面を非常に厳しい目で見守っていると言えるでしょう。
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