日本のIT業界を牽引する富士ソフトの創業者、野重信氏の人生を支えてきたのは、両親から受け継いだ深い教えでした。野氏が社会へ一歩踏み出す際、母から贈られた一通のメモには「道を師に逆境難事を友とせん」という力強い言葉が記されていたそうです。1970年の創業から今日に至るまで、この言葉は氏の精神的な支柱であり続けています。
長年、名刺入れに大切に保管されているそのメモは、今ではすっかり色あせ、時の流れを感じさせます。しかし、困難に直面した際にその言葉を読み返すと、どんな逆境も自分を試す機会であると勇気が湧いてくるのでしょう。SNS上でも「これほど重みのある言葉を贈れる親になりたい」と、その教育方針に感銘を受ける声が数多く寄せられています。
「恥」の本質を説いた母の正論と機転
北海道函館市の出身である母は、一見すると病弱で儚げな印象を与えましたが、その内面には決して揺るがない強い信念を宿していました。野氏が幼少期、破れたシャツに継ぎ当てをされたことを恥ずかしがった際、母は「繕うことは恥ではない」と諭したのです。これは、体裁を繕うことよりも、誠実に物事に向き合う姿勢が大切であることを説いた「道理」の教育でした。
「道理」とは、物事の正しい筋道のことであり、人として守るべき普遍的なルールのことを指します。創業期の苦しい時代、理不尽な要求に悩む野氏に対し、母は「腹が立つ相手に頭を下げる時は、心の中で尻を上げていると思えばいい」と笑って助言しました。このユーモアに満ちた考え方は、多くのビジネスマンにとってストレスを回避する知恵として響くはずです。
父から学んだ職人の矜持と経営の反面教師
一方、父は戦後の東京・東上野で「富士無線」という会社を立ち上げ、1953年のテレビ放送開始とともに自社ブランドの製造に乗り出した情熱的な技術者でした。現在の「富士ソフト」という社名も、この父の会社から着想を得ています。幼い野氏にとって工場は最高の遊び場であり、そこで培われたものづくりへの探究心が、現在のITエンジニアリングの基礎となりました。
父は「電気屋の息子ならコードに足を引っかけるな」と怒鳴るほど、仕事に対して人一倍厳しい職人気質を持っていました。しかし、こだわりが強すぎるあまり、部下を信頼して仕事を任せることが苦手で、組織としての成長には課題を残したようです。野氏はこの父の姿を「反面教師」とし、人を育て、信頼して任せる組織づくりを自身の経営において実践してきました。
それでも、父が貫いた「投機的な商売に手を出さない」という堅実な経営スタイルは、今も富士ソフトの血脈として受け継がれています。2019年11月26日現在、野氏が守り続けているのは、派手なリスクを追うのではなく、地道に価値を積み上げるという父の教えです。両親の異なる教えを融合させたことが、同社の揺るぎない安定感を生んでいると言えるでしょう。
コメント