世界経済を揺るがす米中間の貿易摩擦が、東南アジアの国、マレーシアに思いがけない追い風をもたらしています。マレーシアのリム・グアンエン財務相は2019年5月29日までに日本経済新聞の取材に応じ、マレーシアが「米中の貿易摩擦の回避地」として、海外からの直接投資、すなわちFDI(Foreign Direct Investment)が急増しているという、摩擦のプラス面を強調しました。FDIとは、外国の企業が、現地に工場や子会社を設立するなど、直接的な経営権を得る目的で行う投資のことです。
その言葉を裏付けるように、マレーシアの2019年1月から3月期のFDI実績は、217億リンギ(約5640億円)に達し、前年同期と比べて驚異の94.8パーセント増という大幅な伸びを記録しました。リム財務相はこの急増の主な理由として、「中国からの投資も顕著に増えており、貿易摩擦が一つの大きな要因になっている」と分析しています。つまり、米中両国の関税措置を避けるため、海外企業がマレーシアを「中立的な投資場所」として選んでいる状況が鮮明になったと言えるでしょう。
SNS上では、「マレーシアは賢い戦略だ」「地政学的な優位性を活かしている」「米中対立の恩恵を受ける数少ない国の一つ」といった好意的なコメントが多く見られました。また、リム財務相は、海外企業がマレーシアを選ぶ理由として、現政権が汚職の減少など、企業統治における透明性(政策や意思決定の過程が外部から分かりやすいこと)を確保していることも寄与しているという見方を示しています。汚職が減ることで、企業は安心して投資できる環境が整いつつある、ということでしょう。
一方で、リム財務相は、米中の対立が長期化することに対しては懸念を隠しません。「歴史は貿易戦争に勝者などいないことを証明している」と述べ、長期的に見れば「全ての国が敗者になる」という認識を示しました。マレーシア経済も、この対立が続くことでマイナスの影響を避けることはできないため、米中に対して貿易摩擦の早期沈静化を強く求めています。一時的な利益の裏で、世界経済の構造的なリスクが高まっていることへの危機感を抱いていると言えるでしょう。
また、米国が中国の通信機器最大手、華為技術(ファーウェイ)に対して、事実上の輸出禁止措置を講じた件についても、リム氏は言及しています。この措置について、トランプ米大統領の「交渉戦術の一つ」であると分析しつつも、「マレーシアは追随しない」と明確に述べました。これは、マレーシアが特定の国の圧力に屈することなく、独自の経済外交を展開していくという強い姿勢を示しているものと解釈できるでしょう。
財政再建と政治的配慮の難しさ
マレーシア政府にとって目下の急務となっているのが、国の債務額が1兆リンギを超えたことによる財政再建と経済成長の実現です。リム財務相は、政権交代の初年度は政府系ファンド「1MDB」をめぐる問題など、新たな債務の整理に追われたと説明しましたが、残り2年間で財政を「正常な軌道に戻す」という強い決意を表明しています。この目標達成に向け、2019年予算でデジタルサービスへの課税など増税策はすでに講じているため、これ以上の新たな増税は行わず、歳出の削減と経済成長による税収増で対応する方針を打ち出しました。
さらに、財政再建が軌道に乗った暁には、法人税率の引き下げも検討すると主張しており、海外からの投資を長期的に呼び込むためのインセンティブ(誘因)作りにも意欲を示しています。法人税率の引き下げは、国際的な企業誘致競争において非常に強力な武器となるでしょう。
華人系のリム氏が財務相に就任したことは、マレー系が主流を占めるマレーシアにおいて、マハティール政権による政権交代の象徴として受け止められました。しかし、新政権は一部のマレー系国民からの反発を受け、国連の人種差別撤廃条約や国際刑事裁判所のローマ規程の批准断念に追い込まれています。リム氏は、この断念について「マレー系の繊細な感情に配慮する必要があった」と語り、やむを得ない政治的な判断であったという認識を示しました。私は、マレーシアが経済成長を加速させ、国際的な地位を高めるためには、経済政策の合理性と、多民族国家特有の政治的・文化的配慮という、二つの難しいバランスをとり続けることが求められていると感じています。国内外の動向に敏感に対応するマレーシアの舵取りから、目が離せません。
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