❌**「出世の上がり」はもう通用しない!** 日本企業に迫るCEO像の激変と「べからず集」が示すリーダーシップの絶対条件

上場企業の最高経営責任者(CEO)に求められる理想の姿とは一体何でしょうか。教科書的な「あるべき論」を語るよりも、むしろ「これではCEOとして失格ですよ」という「べからず集」を並べた方が、現代のビジネス界が求めるリーダーの実像がより鮮明に浮かび上がってきます。日本取締役協会がCEOのあるべき姿についての論点を整理する中でまとめたという、この「CEOべからず集」は、多くの日本企業が抱えるリーダーシップの問題を鋭く突いていると言えるでしょう。

まず、CEOの基本的な任務や役割は、取締役会の監督のもとで、会社の中長期的な価値向上のために戦略を策定し、それを強いリーダーシップをもって実行することだと定義されます。これに対し、べからず集に挙げられるのは、以下のような、企業価値を損ないかねない人材像です。「出世競争の成れの果てでたどり着いた上がりポスト」としてCEOの座に就く人物は、その職務に対する意欲や変革の意識が低いと見なされるでしょう。また、「当面の組織構成員の安心安全を優先」しすぎるあまり、果敢な戦略的決断や痛みを伴う変革を自ら行わない**「不作為型」のリーダーも、現代では失格とされます。

さらに、組織図上はCEOが最高責任者であるにもかかわらず、「名誉会長○○取締役みたいな人もいて誰が経営執行上の最高責任者か分からない」という状態も強く戒められています。この曖昧な責任体制こそが、意思決定の遅延や失敗を招く原因となるからです。SNSでは、この「べからず集」に対し、「うちの会社にそのまま当てはまる」「不作為型が多すぎる」といった、現役のビジネスパーソンからの共感と痛烈な批判が数多く投稿されました。多くの社員が、企業のトップに真のリーダーシップを求めていることが伺えるでしょう。

次期CEO選びについても、本来は極めて高い資質と能力が求められるべきですが、べからず集では、「前任者や歴代CEOの専権事項**」「年次順送り」といった、論理性のない選出プロセスが良くないとされています。さらに、「年次・社歴が長い・男性・日本人・それなりに高学歴」といった、過去の成功体験に基づく事実上の必要条件が、多様な視点や革新的な能力を持つ人材の登用を妨げていると指摘されているのです。

解任の仕組みに関しても、べからず集は厳しい目を向けています。「取締役会がCEOがその任に耐えないと判断した場合にガチンコで解任する気が無い」状況や、「明日にでも取締役会に解任されるという緊張感を持たない」リーダーは、問題であるとされています。私自身の意見では、この解任のルールや評価基準が曖昧であることこそ、多くの日本企業がコーポレートガバナンス(企業統治)の面で国際的な遅れをとっている最大の要因であると考えます。

確かに、高度成長期のように「正解の道」が示されていた会社運営においては、べからず集で指摘されるような、組織内の安定を重視する人材の方が、トップとして機能しやすかったかもしれません。しかし、現在の企業経営は、誰も踏み入れたことのない海域を進むようなもので、決まった海図は存在しません。企業はつまずきながらもダイナミックに挑戦し、イノベーションを起こしながら、グローバル競争を勝ち抜いていかねばならないのです。この「CEOべからず集」は、古い慣習を打破し、そうした挑戦的で変革を恐れない新しいCEOが次々と生まれるよう、日本のビジネスリーダーたちを強く鼓舞しているように私には感じられるのです。

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