令和2年2020年1月26日、大相撲初場所の千秋楽が東京都墨田区の両国国技館で開催され、日本中を震撼させる劇的なドラマが生まれました。幕内最下位である「幕尻(まくじり)」の番付からスタートした西前頭17枚目の徳勝龍関が、誰もが予想しなかった初優勝を果たしたのです。番付上位の強敵たちを連日のように圧倒的な力で撃破していく姿は、まさに現代の下克上と言えるでしょう。33歳というベテランでの悲願達成に、相撲界のみならず日本全体が熱狂の渦に包まれています。
劇的な幕切れとなった結びの一番の直後、土俵上ではポーカーフェースを保っていた徳勝龍関ですが、優勝インタビューでは一転してユーモアと涙が溢れ出しました。「自分なんかが優勝していいんでしょうか」と照れくさそうにおどける姿に、会場からは温かい笑い声と大きな拍手が送られています。SNS上でもこの謙虚でチャーミングな姿が瞬く間に話題となり、「好感度が一気に爆上がりした」「お茶目な人柄にファンになった」といった祝福の声が文字通りタイムラインを埋め尽くしました。
奈良県出身の力士としては、大正11年1922年以来、実に98年ぶり2人目という歴史的な快挙に地元も歓喜に沸いています。徳勝龍関の母親であるえみ子さん(57歳)は、3月の春場所が故郷に近い大阪で開催されるため、場所前には「絶対に一つ勝ち越して帰ってきてね」と声をかけていたそうです。しかし、蓋を開けてみれば破竹の快進撃が続き、千秋楽の朝に急遽奈良から国技館へと駆けつけました。2階席から見守った奇跡の瞬間に、母は感無量の表情を浮かべていました。
徳勝龍関は、生まれた時の体重が3860グラムという大柄な赤ちゃんだったそうです。生後半年で10キロに達するほど健やかに育ち、小学校時代は柔道や野球もこなす万能スポーツ少年でした。野球では「4番捕手」として活躍する傍ら、小学4年生の時に奈良県内の「わんぱく相撲」で優勝を飾ります。その後、全国大会で敗北を味わった悔しさをきっかけに、本格的な相撲の稽古へと没頭していきました。挫折をバネにして努力を重ねる才能は、幼少期から健在だったようです。
家庭での徳勝龍関は、非常に明るく穏やかな性格で、相撲の話題は一切持ち込まないそうです。妻の千恵さん(33歳)によれば、大一番を控えた前夜もいびきをかいて熟睡するほど肝が据わっていました。一方で千恵さん自身は、自分のことのように緊張してしまい、千秋楽の取組を直視できずに国技館の廊下で祈っていたと笑顔で明かしています。こうした家族の温かい支えとリラックスできる環境こそが、過酷な土俵に挑む彼の強靭なメンタルを支えていたに違いありません。
急逝した恩師に捧げる大粒の涙!SNSも涙腺崩壊した感動の絆
今回の奇跡的な快挙の裏には、胸を打つ悲しい別れと強い絆が存在していました。今場所の開催中である令和2年2020年1月18日に、徳勝龍関の近畿大学時代の恩師である伊東勝人さんが急逝されたのです。精神的な支柱を失った悲しみは計り知れないものでしたが、彼はその逆境を最大の力へと変えました。インタビューの途中で大粒の涙を流しながら、「ずっと良い報告がしたいと思って、それだけで頑張れた」と語る姿は、天国の恩師に向けた最高の弔いとなったはずです。
ネット上では、この師弟の絆に対して「涙なしには見られない」「恩師の魂が背中を押してくれたのかもしれない」といった感動のコメントが殺到しています。単なるスポーツの勝敗を超えた人間ドラマが、多くの人々の心を揺さぶったことは間違いありません。今回の初優勝は、周囲への感謝を忘れない徳勝龍関の誠実な人柄が生んだ必然の奇跡だと確信しています。ベテランの意地と情熱を見せてくれた彼が、今後さらに土俵を盛り上げてくれることを期待しましょう。
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