スマートフォンの普及によって、私たちの読書スタイルは大きく変化しています。出版科学研究所の調査によると、2019年には電子コミックの販売金額が前年比で29.5%も急増しました。その一方で、小説などの文字もの書籍の伸び率は8.7%増にとどまっており、デジタル化の波は少し緩やかな印象を受けます。しかし、この現状に新しい風を吹き込もうと、書き手である作家の皆様自身が動き出しているのをご存知でしょうか。
三島由紀夫賞の受賞歴を持つ作家の青木淳悟氏は、2019年に自身の小説2作品をデジタル専用レーベルから電子書籍として刊行しました。これらは過去に文芸誌へ発表された作品です。書籍の電子化に本人が主導的な立場で関わった背景には、純文学を取り巻く厳しい現実への強い危機感があったといいます。文芸誌に掲載されても単行本化されないケースが増えている中、自らが先陣を切って新しい選択肢を切り拓こうと挑戦されたのです。
こうした試みに対して、SNSでは「好きな作家の未単行本化作品が読めるのは嬉しい」「電子ならではの試みに期待したい」といった好意的な声が数多く寄せられています。ただ、業界内では電子出版が紙の書籍の売り上げを阻害するのではないかという懸念も根強く存在します。実際に今回のプロジェクトを担当した集英社のスタッフも、この取り組みが本当に作家の利益につながるのかどうか、当初は深く悩まれたそうです。
電子書籍には、法律で全国一律の小売価格を維持する「再販制度(再販売価格維持制度)」が適用されません。定価が存在しないため価格を自由に設定できる強みがある反面、リアル書店とは異なる割引キャンペーンなどの独自の販促ノウハウが求められます。青木氏はこうした制約を認めつつも、自ら工夫して読者に作品を届けるプロセスを楽しんでおり、その前向きな姿勢からは文学に対する深い愛情が伝わってきます。
さらに、2017年から独自の電子書籍レーベルを運営する作家の西崎憲氏は、電子書籍にしかできない表現の可能性を追求しています。あえて作家の書きたい衝動だけに任せた自由な創作を促すことで、唯一無二の尖った作品が生まれるといいます。ページ数の制限がなく、在庫を抱えるリスクもないデジタル特有のメリットが、作家のクリエイティビティを最大限に引き出すセーフティネットとして機能しているのでしょう。
西崎氏は、文字データをプロジェクションマッピングで空間に投影したり、音声による朗読を配信したりする手法など、紙の本に縛られない新しい小説のあり方を模索されています。現在の出版システムは、インターネットやスマホが存在しなかった時代に作られたものです。だからこそ、現代のインフラに適合した新たな表現や流通の仕組みを構築しようという熱い呼びかけには、非常に深く共感させられます。
紙か電子かという二者択一ではなく、それぞれの強みを活かした共存こそが、これからの文化を豊かにするはずです。デジタルという広大な海が、商業的な枠組みからこぼれ落ちてしまいそうな才能や傑作を救うインフラになることを切に願います。作家の皆様による主体的な変革が、今後の文芸界にどのような素晴らしい未来をもたらすのか、いち読者として、そしてメディア編集者として目が離せません。
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