欧米の自動車大手、フィアット・クライスラー・オートモービルズ(FCA)が、フランスのルノーに対する経営統合提案を2019年6月6日に撤回したというニュースは、世界の自動車業界に大きな衝撃を与えました。FCAは、経営統合提案を取り下げた理由について「フランスの政治的条件で、現在この統合を実現できる状況にないことが明らかになった」と発表しており、ルノーの筆頭株主であるフランス政府の介入が事実上、障害となった形です。この統合が実現していれば、両社の世界販売台数は合計約870万台に達し、独フォルクスワーゲン(VW)やトヨタ自動車に次ぐ世界第3位の巨大連合が誕生するはずでした。
しかしながら、単に規模の拡大を目指すだけの合従連衡(ごうしょうれんこう)は、過去20年の自動車業界の歴史を見ても、ほぼ成功していないのが実情です。かつて、ダイムラー・ベンツとクライスラーの合併や米フォード・モーターによるボルボ買収など、20世紀末に規模拡大に走った再編の多くは、無残な結末を迎えています。英高級車メーカー、アストンマーティンのアンディ・パーマーCEO(最高経営責任者)も、「合併は最終的に弱い水準に合わせられ、価値が破壊される」と、自動車産業の再編の難しさを指摘されていました。
規模から技術革新へ!競争の軸は「CASE」に完全移行
では、なぜFCAはルノーとの統合に打って出たのでしょうか。FCAは、その目的を「電動化やコネクテッド、自動運転など、自動車業界の変革の好機をとらえるため、大胆な決断が必要との認識に基づいた」と説明しています。つまり、技術革新に向けた多額の投資競争に勝ち抜くため、統合を通じて資本効率や開発力を高めるのが真の狙いだったと言えるでしょう。
ここ数年、自動車業界における競争力の源泉は、IT企業が先行する「CASE(ケース)」という概念へと急速に移っています。CASEとは、Connected(コネクテッド:つながる車)、Autonomous(自動運転)、Shared(シェアリング)、Electric(電動化)の頭文字を取ったもので、この分野への多額の投資と技術開発が、今後の生き残りの鍵を握っているのです。ナカニシ自動車産業リサーチの中西孝樹アナリストは、FCAの統合提案の背景として、「欧州の排ガス規制対応で経営が厳しくなっており、CASEに備えるために、まずは母国市場で生き残る経営基盤を確立したかった」と分析しています。
欧州市場は成長が頭打ちであることに加え、環境規制がさらに厳しくなる見込みですから、技術力や経営体力の弱い自動車メーカーは淘汰される可能性が高まっていたと考えられます。この文脈で見ると、FCAの統合提案は、単なる規模拡大ではなく、激化する技術競争を生き抜くための防御策という側面が強かったと言えるでしょう。
統合撤回の舞台裏とSNSでの反応:政治的介入の難しさ
今回の統合撤回においては、フランス政府の存在が大きく影響しました。FCAは、ルノーへの提案で「統合による工場閉鎖はなし」と明記していましたが、これは雇用を重視する仏政府への配慮です。しかし、中西氏が指摘するように、成熟した欧州市場で設備集約などの経営合理化なしに、統合効果だけでCASEに備える余力を養えるのかという不透明さが残りました。統合効果が思惑通りに上がらなければ、結局は設備集約を迫られるでしょう。工場再編を見越し、統合新会社で影響力を残そうとした仏政府とFCAの間の溝が埋まらなかったことが、撤回の決定打となったのでしょう。
この統合撤回のニュースは、SNSでも大きな反響を呼んでいます。「やっぱり国が関わると難しい」「技術が先行する時代に、規模だけでは勝てないという証拠だ」「FCAの決断の速さは評価すべき」といった声が見受けられ、経営のスピード感と政治的思惑が絡み合う再編の難しさが浮き彫りになりました。特に、FCAが2019年5月27日に提案したばかりであるにもかかわらず、朝令暮改で提案を撤回した迅速な経営判断は、CASE時代における意思決定の速さがいかに重要であるかを強く印象づけるものになりました。
「MaaS」時代に向けた新たな仲間づくりと業界の再構築
ルノーとFCAの統合が白紙になったことで、自動車メーカーの合従連衡の動きはむしろ加速するかもしれません。事実、多額の投資負担に耐えるため、規模を求める流れは引き続き強まっています。例えば、独VWは米フォードとの戦略提携を広げ、電気自動車(EV)や自動運転での協業を検討中です。また、独ダイムラーと独BMWといった高級車メーカーの雄同士も、自動運転やモビリティーサービス分野で手を組みました。これは、過去の常識では考えられない組み合わせでしょう。
一方、トヨタ自動車の豊田章男社長は「仲間づくり」を掲げ、マツダやスズキ、SUBARU(スバル)のほか、ソフトバンクグループともモビリティーサービス分野などで連携の輪を広げています。こうした動きは、単に車を売るだけでなく、車を使ったサービスを提供する「MaaS(マース)」への転身をめざすものです。MaaSとは「Mobility as a Service(サービスとしての移動)」の略で、自動車、バス、電車、タクシーなどのあらゆる交通手段をITで連携させ、一つのサービスとして提供する概念を指します。
かつての巨大自動車連合の王者である米ゼネラル・モーターズ(GM)は、不採算市場からの撤退を進める一方で、自動運転子会社のGMクルーズに経営資源を注ぎ込み、企業価値を190億ドル(約2兆900億円)超にまで高めています。これは、新市場のモビリティー領域で巻き返しを狙う、規模の流れとは一線を画す挑戦と言えるでしょう。
メガサプライヤーとIT企業の台頭:覇権を握るのは誰か
革新技術やサービスで新たな業界構造の覇権を握ろうとする動きは、自動車メーカーに部品を供給するメガサプライヤーやIT企業でも広がっています。自動運転分野では、米ウェイモのほか、中核部品である半導体ではエヌビディアが台頭し、電池では中国のCATLが一気に世界首位に躍り出ました。欧米のメガサプライヤーは、CASE分野に経営資源を振り向ける動きを加速させています。
例えば、独コンチネンタルは2020年に3社体制に分社し、自動運転やコネクテッドを主軸に据える計画です。スウェーデンのオートリブも2018年に自動運転関連の電子部品事業を分離・上場させました。これらの動きは、自動車メーカーの「ティア1(1次部品メーカー)」から、MaaSと呼ばれるモビリティーサービス会社へ転身をめざす動きと言えるでしょう。
ハイテク産業では、1990年代から産業構造の覇権を握る争いが繰り返されてきました。この経験から、モビリティー産業も規模を追うだけでは生き残りが厳しくなると考えられます。今後は、革新技術をいかに獲得し、商品力やサービスに素早く展開できるかが、この「移動革命」の鍵を握るでしょう。FCAとルノーの統合騒動は、2020年代のモビリティー再編の発端として歴史に刻まれることになるのではないでしょうか。
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