2019年6月13日、トヨタ自動車は愛知県豊田市内で開催された定時株主総会において、驚くべき経営方針を打ち出しました。業績が好調であるにもかかわらず、豊田章男社長は「トヨタは大丈夫だという慢心を取り除く」と強く宣言し、役員報酬と管理職の賞与(一時金)を削減する、いわゆる「ショック療法」の断行を発表したのです。これは、自動車業界が「CASE」と呼ばれる大変革期に突入していることへの、全社的な強烈な危機感の共有を促す狙いがあります。
自動車業界の競争軸を大きく変える「CASE」とは、Connected(コネクティッド:情報通信技術を駆使したつながる車)、Autonomous(自動運転)、Shared(シェアリング:共有)、Electric(電動化)の頭文字をとった言葉で、従来の車の概念を根底から覆す技術革新の波です。この波に対応するため、トヨタは一時的ではあるものの、社外取締役を含む全取締役9名と執行役員23名の2019年度役員報酬を、見込み額から一律で10%引き下げます。さらに、課長級に相当する「基幹職」約7,500名と、部長・次長級などの「幹部職」約2,300名の合計9,800名を対象に、同年夏の賞与を前年比で平均4~5%減らすという措置を講じることを明らかにしました。
豊田社長は、この変革期を「生きるか死ぬかの戦い」と表現し、「社内に『大丈夫』という意識がまん延した時がトヨタが死ぬ時だ」と、強い言葉で現状への危機感をあらわにしています。春季労使交渉で経営トップと従業員との間で議論を重ねたものの、役員や管理職層にまで危機感が十分に浸透していない点が大きな課題として浮き彫りになっていたのです。この報酬・賞与のカットは、単なるコスト削減ではなく、全社員の意識を根底から揺さぶり、切迫した危機感を共有させるための「劇薬」と捉えるべきでしょう。
株主が抱える懸念と、未来へのビジョン
株主総会では、トヨタを取り巻く環境への懸念を示す質問が相次ぎました。特に、相次ぐ高齢ドライバーによる事故の問題については「安心できる車の技術開発はどこまで進んでいるのか」といった安全対策を求める声が上がっています。これに対し、寺師茂樹副社長は、アクセルとブレーキの踏み間違いなど、ドライバーの判断や動作をより強力にサポートするための技術開発を、あらゆる方面で検討していると回答しています。
また、豊田社長が就任から10年を迎える節目ということもあり、後継者問題も株主の大きな関心事でした。「次の社長は今の役員の中から選出されるのか、あるいは外部から招聘するのか」という質問に対し、豊田社長は具体的な後継者を示すことは避け、「誰が社長になっても創業の原点を見失わないことが最も大切であり、全社員が継承者であると考えている」と述べるに留まりました。これは、特定の個人に依存するのではなく、全社一丸となって変革を推し進めるという強い意志の表れと言えるのではないでしょうか。
豊田社長は、就任以降、大規模なリコール問題など数々の難題を乗り越え、地道な原価低減努力などによって業績を大きく回復させました。その一方で、ハイブリッド車(HV)への注力によって、電気自動車(EV)の商品開発では出遅れたという側面も指摘されています。しかし、今回の株主総会前には、車載用電池の世界最大手である中国の寧徳時代新能源科技(CATL)との協業を取りまとめるなど、従来のトヨタにはなかったスピード感で、遅れを取り戻すための対策を次々と打ち出し始めています。
「モビリティーカンパニー」への変革は待ったなし
トヨタは、従来の「自動車メーカー」から、人々の移動に関わるあらゆるサービスを提供する「モビリティーカンパニー」へと自らを変革することを掲げています。私、編集者個人としては、このトップダウンによる報酬カットという「痛み」を伴う決断こそが、長年にわたる成功体験によって培われた「大企業病」とも言える慢心を取り除く最善の策であると考えます。好業績下であえて報酬を減らすというニュースは、SNS上でも「危機感の共有としては効果的」「並々ならぬ決意を感じる」といった、トヨタの覚悟を評価する反響が多く見られました。
「トヨタらしさを取り戻すための改革は難しいと痛感する毎日だ。何としても私の代でやりきる」――。豊田社長のこの言葉は、変革を成し遂げることへの強い決意と責任感を示すものです。世界的な自動車産業の構造変化、すなわち「CASE」の時代において、日本を代表する巨大企業が、自らの成功の歴史に安住せず、生き残りをかけて「ショック療法」という大胆な手段を選んだことは、全産業にとって注目すべき重要な一歩となるでしょう。
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