2020年、日本の労働環境を大きく変える「同一労働同一賃金」に関連する改正法が、いよいよ大企業から順次施行されます。多くの経営者や人事担当者が、定年を迎えた後の再雇用者に対して「どこまで給与を下げて良いのか」という点に頭を悩ませているのではないでしょうか。しかし、単なる数字の議論だけでこの問題を乗り切ることは、今の時代では非常に危険だと言わざるを得ません。
2013年4月1日に施行された改正高年齢者雇用安定法では、企業に対して定年廃止や継続雇用制度の導入を義務付けています。この流れを受け、多くの企業が定年後に有期雇用として契約を更新する形を採っています。ここで重要になるのが「同一労働同一賃金」の考え方です。これは、正社員と非正規雇用者の間で、仕事の内容が同じであれば不合理な待遇差を設けてはならないという非常に強力なルールなのです。
表面的な減額幅にとらわれない本質的な議論
過去の裁判例、例えば「長沢運輸事件」などでは、定年後の年収が定年前の約79%まで下がることが容認されたケースがあります。しかし、弁護士の高仲幸雄氏は「この数字だけを基準にするのは大きな間違いです」と警鐘を鳴らします。仕事の内容や責任の重さが変わらないにもかかわらず、定年という節目だけで大幅に賃金をカットすれば、長年貢献してきたベテラン社員の意欲を削ぐだけでなく、法的リスクも高まります。
SNS上でも「同じ仕事なのに給料だけ下がるのは納得がいかない」という現役世代やシニア層の切実な声が溢れています。企業は「何割下げられるか」という後ろ向きな問いではなく、その社員がどのような役割を担い、どのような責任を負うのかという「職務の本質」に立ち返って、賃金体系を再構築すべきです。職務内容を明確にするために、社内規則や労働条件通知書を整備することは最低限の義務と言えるでしょう。
求められる「待遇の理由」を説明する誠実さ
今回の法改正で特に注意すべきは、非正規社員から待遇差について理由を求められた際の「説明義務」が新設された点です。例えば、なぜ正社員にだけ住宅手当や家族手当を支給するのか。こうした問いに対して「以前からの慣習だから」という回答は通用しません。それぞれの各種手当の趣旨や目的を今一度見直し、自社の制度として論理的に説明できる準備を整えておく必要があります。
優先順位としては、基本給のような複雑な交渉が必要なものよりも、趣旨が比較的明確な各種手当や休暇制度から見直しを始めるのが賢明です。慶弔休暇や子ども手当など、福利厚生に近い部分で不合理な差を放置しておくことは、社員に「会社は非正規を軽視している」というネガティブなメッセージを送り続けることになりかねません。これは企業のブランドイメージや採用戦略にも直結する重大な問題です。
全世代が納得できる持続可能な人事戦略を
一方で、シニア層を過度に厚遇しすぎることも慎重にならなければなりません。企業の人件費やポストには限りがあるからです。ベテラン勢の待遇維持が若手社員の昇進や昇給を妨げることになれば、次世代を担う優秀な人材の流出を招くでしょう。人事は「法的な正解」をパズルのように当てはめる作業ではなく、全世代の社員が納得感を持って働ける環境をデザインする、極めて高度な経営判断なのです。
今回の法改正は、単なる法令遵守の対応ではなく、自社の賃金制度が本当に公平で魅力的なものであるかを問い直す絶好のチャンスです。定年後再雇用者の役割を改めて定義し、責任に応じた適正な処遇を行うことで、組織全体の活性化に繋げていく。そんな腰を据えた取り組みこそが、これからの令和の時代に勝ち残る企業に求められる姿勢ではないでしょうか。
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