フィリピンで国民の食卓を揺るがす大きな地殻変動が起きています。慢性的なコメ不足に悩まされてきた同国政府は、2019年3月にコメの輸入を原則自由化する「米関税化法」を施行しました。この法律は、これまで政府が厳しく制限していたコメの輸入に対して、一定の関税(税金)を支払えば民間企業が自由に輸入できるようにする画期的な仕組みです。これによりベトナムなどから安くて美味しいコメが大量に流入し、市場を席巻しています。
首都マニラの市場を2019年11月に訪れると、多くの買い物客が輸入米を買い求めていました。実際に現地を訪れた主婦は、最近は輸入米ばかりを購入していると笑顔で語ります。その理由は驚くほどの価格差にありました。店頭に並ぶ輸入米は1キログラムあたり約38ペソ(約82円)であるのに対し、国産米は約45ペソと、輸入米の方が1割以上も安く販売されています。家計を預かる消費者にとって、この差は極めて魅力的だと言えるでしょう。
さらに、安さだけではなく品質の高さも人気の秘密です。現地の店員によると、従来の国産米は割れた米粒が混ざっていることが多いのに対し、輸入米は粒が揃っていて非常に美しいと評判です。近年のフィリピンでは経済成長に伴って中間所得層が増加しており、より質の高い食材を求める傾向が強まっています。こうした消費者のニーズの高度化も、輸入米の人気に拍車をかけている要因の一つに挙げられます。
SNS上でもこの政策は大きな話題を呼んでおり、消費者からは「毎日の主食が安くなって本当に助かる」「パラパラした美味しいお米が手軽に食べられるようになった」という喜びの声が相次いでいます。1人あたりのコメ消費量が日本人の約2倍にも達するフィリピンにおいて、主食の値下げは国民の生活に直結する死活問題です。2018年に不作が原因でコメの価格が急騰した際には、国民の不満が爆発する事態にまで発展していました。
かつて政府はコメの完全自給を目指していましたが、激しいインフレと国民の不満を解消するため、大胆な方針転換を余儀なくされました。新政策がスタートしたことで、大手小売企業など約200社が一斉にコメの輸入ビジネスに参入しています。2019年3月から2019年10月までの月平均の輸入量は21万2000トンに達し、これまでの3倍近い規模に膨れ上がりました。2019年通年では300万トンを超え、世界最大の輸入国になる見通しです。
大打撃を受ける国内農家と苦悩する政府の決断
その一方で、急激な市場の変化に激しい怒りを見せているのが地元の生産者たちです。安価な海外産の流入によって、国産米の平均価格はこの1年間で1割以上も暴落してしまいました。丹精込めて作ったコメが売れず、生活が困窮した農業団体は、自由化の撤廃を求めて連日のように激しいデモ活動を展開しています。SNSでは農家への同情論も広がっており、「このままでは国の農業が崩壊してしまう」と懸念する声も少なくありません。
この深刻な事態に対して、ロドリゴ・ドゥテルテ大統領は「国民全体の需要を満たすだけのコメを国内だけで生産するのは不可能だ」と述べ、政策への理解を必死に求めています。同時に、政府が農家から直接コメを買い取ったり、臨時の補助金を支給したりする救済策を次々と打ち出しました。安さを喜ぶ消費者と、死活問題に直面する生産者の間で板挟みとなり、政府の苦悩に満ちた舵取りが続いています。
私はこの状況について、単なる市場開放の是非を超えた、国家の安全保障に関わる重大な分岐点だと考えています。短期的には消費者が恩恵を受け、インフレが抑えられるメリットは大きいです。しかし、目先の安さにとらわれて国内の農業基盤を破壊してしまえば、将来的に国際相場が急騰した際に、取り返しのつかない食糧危機を招くリスクを孕んでいます。利便性と自給力のバランスをどう保つのか、注視していく必要があるでしょう。
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