江戸時代の美術シーンを振り返るとき、東の江戸と西の上方では驚くほど異なる文化が花開いていました。1765年に江戸で色鮮やかな錦絵が登場してからは浮世絵が一大ブームを巻き起こしますが、それらはまさに東の都の象徴といえます。一方で、当時の京都を中心とする上方では、浮世絵とは一線を画す独自の絵画世界が構築されていました。その中心にいた人物こそが、圧倒的な実力で当時の人々を魅了した天才絵師の円山応挙です。
現在、大阪市の中之島香雪美術館では、そんな上方画壇のスターたちにスポットを当てた注目の展覧会「上方界隈、絵師済々I」が開催されています。2020年2月2日までの前期では円山応挙をはじめとする京都の巨匠たちを特集し、2020年2月4日から2020年3月15日までの後期では大坂画壇の魅力に迫る構成です。SNS上でも「東西の文化の違いが分かって非常に興味深い」「応挙の生の筆遣いが見られるチャンス」と、アートファンの間で大きな話題を呼んでいます。
本展で特に注目したいのが、円山応挙の真骨頂ともいえる作品「雪松図」でしょう。この作品は、国宝として名高い「雪松図屏風」のエッセンスをぎゅっと凝縮して掛け軸に落とし込んだかのような見事な傑作です。松の枝にふんわりと積もった雪の質感が実に見事に表現されていますが、驚くべきことにこの白は絵の具を塗ったものではありません。実は、背景に墨を塗ることで紙の白さをそのまま残す「塗り残し」という高度な技術が使われています。
画面に記された文字から、この作品は1788年3月に制作されたことが判明しています。実はこの直前である1788年1月末に、京都の街の大半と応挙の自宅までもが灰燼に帰した「天明の大火」が起きていました。生活基盤を失うほどの未曾有の災難に見舞われながらも、これほど冷静で冴え渡る筆さばきを見せている点に、彼のプロフェッショナルとしての凄みが感じられます。どんな逆境でも絵筆を握り続けた応挙の執念には、胸が熱くなるものがあります。
応挙がこれほどまでに京都の人々から絶大な支持を集めた理由は、徹底的な「写生(しゃせい)」にあります。写生とは、対象をじっくりと観察してありのままにリアルに描き出す技法のことです。それまでの形式的な日本の絵画に新風を吹き込んだ彼のスタイルは瞬く間に人気となり、多くの門下生が彼の元へ集まりました。本展に足を運べば、18世紀後半の京都で人気ナンバーワンを誇った彼の、確かな観察眼と圧倒的な美学を肌で体感できるでしょう。
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